目次
1 労災とは
労災(労働災害)とは、一般的に労災保険の対象となる、「業務上の事由」又は「通勤」による労働者の負傷、疾病、障害又は死亡のことをいいます。
労災に遭ってしまった労働者は、労働基準監督署(労基署)に対して、生活費補償のための休業補償給付や通院費補償のための療養補償給付等の受給を申請することができます。
また、労災により亡くなってしまった労働者の遺族も、遺族補償給付等の受給を申請することができます。
⑴ 業務上の負傷(障害、死亡)
工場で働いている労働者が仕事中に工場の機械に巻き込まれて負傷してしまったり、工事現場で働いている労働者が足場から転落して負傷してしまうなど、業務に起因する事故で怪我をしてしまった場合、労災に当たる可能性があります。
⑵ 業務上の疾病(障害、死亡)
突発的な事故だけでなく、慢性的な業務上の負荷に晒されたことで病気を発症してしまった場合も、労災に当たる可能性があります。いくつかの疾病については、行政通達により労災認定基準が定められています。代表的な疾病は以下のとおりです。いわゆる「過労死」は脳・心臓疾患、「過労自殺」は精神障害に含まれます。
ア 腰痛
>腰痛の労災認定基準
イ 上肢障害
>上肢障害の労災認定基準
ウ 石綿(アスベスト)による疾病
>石綿(アスベスト)の労災認定基準
エ 放射線被ばくによる疾病
>放射線被ばくの労災認定基準
エ 脳・心臓疾患(過労死を含む)
>脳・心臓疾患(過労死)の労災認定基準
オ 精神障害(過労自殺を含む)
>精神障害の労災認定基準
2 労災一般の認定要件
⑴ 要件
労災の認定要件は以下のとおりです。
①被災者が労働者であること
※特別加入の場合を除く
②傷病等の結果が生じていること
③傷病等が業務上又は通勤によって生じたこと
④各給付の種類に応じた要件を満たすこと
⑵ 傷病等が業務上生じたこと
傷病等が業務上生じたといえるためには、労働者が労働契約に基づき事業主の支配下にある状態での事象であること(業務遂行性)を前提として、業務が原因となって傷病等が発生したこと(業務起因性)が必要になります。
ア 業務遂行性
労働者が事業所内で担当業務に従事している際に災害が生じた場合には、当然に業務遂行性が認められます。
また、休憩時間中に生じた災害であっても、事業所内にいる限り事業主の支配下にあるといえるため、業務遂行性が認められます。
もっとも、事業所内で業務に従事している際の災害であっても、専ら私的な行為や労働者の故意、天災地変による災害の場合等には業務遂行性が否定されることがあります。
イ 業務起因性
業務起因性が認められるためには、業務と傷病等との間に合理的な関連性があることが必要になります。
業務起因性が特に問題となるのは、業務上の負荷が蓄積することによって生じる疾病の場合です。前述したように、いくつかの疾病については、行政通達により労災認定基準が定められており、それぞれの労災認定基準に従って業務起因性が判断されることになります。
3 過労死(脳・心臓疾患)
実務上、過労死とは、業務における荷重な負荷による脳血管疾患若しくは心臓疾患を原因とする死亡をいいます。
厚生労働省は、脳・心臓疾患の労災認定基準を定めており、労基署はこの基準に従って労災認定を行います。
⑴ 対象疾病
過労死の労災認定基準の対象となる疾病は以下のとおり限定されています。
ア 脳血管疾患
・脳内出血(脳出血)
・くも膜下出血
・脳梗塞
・高血圧性脳症
イ 虚血性心疾患等
・心筋梗塞
・狭心症
・心停止(心臓性突然死を含む)
・解離性大動脈瘤
もっとも、死亡診断書に「脳卒中」や「急性心不全」としか書かれていなくても、その原因が対象疾病以外の疾病であると確認されない限り、対象疾病と同等に扱います。「不整脈による突然死」等も「心停止(心臓性突然死を含む)」に含めて取り扱い、「心室細動」や「循環器不全」などの病名が付いていても対象疾病に含める場合があります。
また、対象疾病以外の病名の場合についても、過労死の労災認定基準が適用されないというだけであって、一般の認定要件に従って審査されます。
⑵ 業務起因性(業務による過重負荷)
労災認定されるためには、対象疾病の発症の原因が業務による過重負荷にあること(業務起因性)が必要になります。対象疾病の発症日を基準にして、発症日前に以下の①~③のいずれかに当たる過重負荷がある場合に、業務起因性が認められます。
①発症直前から前日までの間に「異常な出来事」に遭遇したこと。
発症直前に、明らかに脳や心臓に急に強い負荷がかかるような業務が発生した場合をいいます。
例えば、業務上の火事や大きな事故に遭遇して、その対応を徹夜でした直後に脳内出血で死亡した場合などが挙げられます。
②発症前概ね1週間の間に特に荷重な業務に従事していたこと。
「発症前おおむね1週間に継続して深夜時間帯に及ぶ時間外労働を行うなど過度の長時間労働が認められる場合」等をいいます。
③長期間過重な業務に従事していたこと。
発症する直前に過酷な労働をしていなくても、長期間に渡って睡眠不足や疲労の蓄積を生じさせるような長時間労働に従事していたような場合をいいます。
具体的には、発症前1か月間に100時間、または発症前2~6か月間平均で月80時間を超える時間外労働は、発症との関連性が強いとされており、いわゆる「過労死ライン」と言われています。
4 精神障害・過労自殺
業務における心理的負荷によって精神障害を発症してしまったり、自殺してしまったと認められる場合も労災の対象となります。
厚生労働省は、精神障害の労災認定基準を定めており、労基署はこの基準に従って労災認定を行います。
⑴ 対象疾病
精神障害の労災認定基準の対象となる疾病は以下のとおりです。
ア 統合失調症、統合失調障害及び妄想性障害
・統合失調症 など
イ 気分(感情)障害、うつ病、うつ病エピソードなど
・うつ病
・うつ病エピソード
・双極性感情障害(躁うつ病) など
ウ 神経症性障害、ストレス関連障害及び身体表現性障害
・恐慌性(パニック)障害
・急性ストレス反応
・適応障害 など
⑵ 業務起因性(業務による強い心理的負荷)
労災認定されるためには、対象疾病の発症の原因が業務による強い心理的負荷にあること(業務起因性)が必要になります。精神障害の業務起因性の判断は、対象疾病の発症日前おおむね6か月間にどのような「出来事」があったかを認定し、それらの「出来事」による心理的負荷の強度が「強」と評価できるかという観点から行われます。
①「特別な出来事」に該当する「出来事」
対象疾病の発症日前おおむね6か月間に、以下の「特別な出来事」がある場合には、それだけで心理的負荷の強度が「強」と判断されます。
・心理的負荷が極度のもの
例えば、生死にかかわるような事故に遭遇したり、他人の生死にかかわるような事故を起こしてしまったような場合に認められます。
・極度の長時間労働
発症直前の1か月におおむね160時間を超えるような時間外労働を行った場合に認められます。
②それ以外の「具体的出来事」
①に該当する「特別な出来事」がない場合、対象疾病の発症日前おおむね6か月間の「出来事」を、認定基準に定められた「具体的出来事」にあてはめて、「出来事」による心理的負荷の強度を総合評価して心理的負荷の強度が「強」といえるかを判断します。どのような「具体的出来事」が定められているかは、精神障害の労災認定基準をご確認ください。
精神障害の労災認定においてよく用いられるのが「具体的出来事」としての長時間労働です。発症直前の2か月間に、1月当たりおおむね120時間を超える時間外労働を行った場合や、発症直前の3か月間に、1月当たりおおむね100時間を超える時間外労働を行った場合は、心理的負荷の強度が「強」と判断されることが多いとされています。
5 労働問題に詳しい弁護士は何ができるのか
⑴ 労災事件で請求できるもの
ア 労基署に対して
労災と認定されることで受けることができる労災保険給付には、主に以下のものがあります。
①療養補償給付
労災による傷病の治療にかかった治療費、手術費用、看護費用、通院交通費等の補償です。
②休業補償給付
労災によって就労不能となった期間の生活補償です。休業4日目以降の賃金の約8割が支給されます。
③障害補償給付
労災により後遺障害が残存した場合に、障害の程度に応じて年金や一時金が支給されます。
④遺族補償給付
被災者が労災により死亡した場合に、遺族に対して支払われます。被災者と遺族の身分関係等に応じて年金や一時金が支給されます。
イ 会社に対して
労災事故について、会社に故意・過失がある場合、労働者や遺族は会社に対して労災により被った損害について損害賠償請求できる場合があります。
請求することができる損害には、労災による傷病の治療にかかった治療費等や労災により就労不能となったことによる逸失利益(賃金全額)、精神的な慰謝料などがあります。請求内容には上記労災保険給付と被るものもありますが、労働者は労災申請せずに会社に対してこれらを請求することもできます。
既に労災保険給付を受給している場合でも、労災で賄われない損害、例えば休業補償給付の不足分や慰謝料を会社に請求することができます。
⑵ 採り得る手段
労働事件では、交渉や訴訟の他にも採り得る手続きが多くあります。各手続きにはそれぞれメリット・デメリットがあるので、どの手続きを選択するのかがとても重要になります。
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ア 労災申請
(ア)労基署に対する労災申請
労災事件は、会社に対する請求や訴訟をしなくても、労基署に対して労災申請をして行政上の給付を受けることができる点が特徴的です。
しかし、労基署の判断はあくまで行政上の判断であり、形式的に労災認定基準や前例に合致するかという硬直的な判断になりやすく、個々の事情に着目した実質的な判断はなされない傾向にあります。
したがって、実際上は疾病の原因が業務上の負荷以外に考えられないような場合でも、形式的に労災認定基準を満たさないとして、思わぬ労災不支給決定がなされてしまうおそれがあります。一度労災不支給決定がなされてしまうと、会社との交渉の際にも、会社が労災不支給決定を盾に会社に責任はないと主張するなど、悪影響が出かねません。
そこで、形式的に労災認定基準を満たすかが微妙な事案では、すぐに労災申請はせず、調査や会社との交渉を先行させるべき場合もあります。
(イ)審査請求・再審査請求
労基署の決定に不服がある場合には、決定の取消しを求めて労働局の労働者災害補償保険審査官(審査官)に審査請求をすることができます。
また、審査官がした審査請求を棄却するとの決定に不服がある場合には、労働保険審査会に対して再審査請求をすることができます。この場合、労働保険審査会が労基署の原決定を取り消すかを再度審査します。
再審査請求を申し立てると、労基署が作成した当該労災事件に関する調査記録一式の写し(一件記録)が再審査請求人に交付されます。訴訟等において重要な証拠になるので、この一件記録を手に入れるために再審査請求をすることも検討すべきです。
(ウ)行政訴訟
審査請求及び再審査請求の決定に対して不服がある場合には、労基署がした原決定の取消しを求める行政訴訟を提起することもできます。審査請求における棄却決定に対しては、再審査請求をせずにいきなり行政訴訟を提起することもできます。
裁判所では、行政上の労災認定基準を参考にしつつも、より具体的な事情に踏み込んだ司法上の判断がなされることになります。
イ 会社に対する請求
会社に対する損害賠償請求の手段としては、主に交渉、労働審判、訴訟が考えられます。
どの手続きを選択するかは、求める解決水準と時間的・金銭的コストの兼ね合いで決めることになります。一般的に、①訴訟、②労働審判、③交渉の順番で解決水準は高いですが、時間的・金銭的コストも高い傾向にあります。
もっとも、例外的な場合を除いては、まずは交渉から行うことが一般的です。また、過重労働の証拠が手元にない場合などには、交渉の前段階として、後述する調査から開始することもあります。
労働問題に詳しい弁護士は、ご依頼者様から希望を聴き取り、事案に応じた適切な手続きを提案します。
⑶ 調査受任
労災事件では、過重労働等の証拠が労働者や遺族の手元になく、労災認定基準を満たすかどうかわからない場合も多いです。
そのため、どのような手段を採るか、労災申請をするか会社に対する請求をするのかを決める前提として、まずは弁護士が「調査受任」という形で依頼を受けて証拠収集や証拠の分析を行うことがあります。
具体的には、弁護士はこれまでの経験から、労災の判断に必要な証拠は何かを検討し、会社に対して証拠の開示や説明を求めたり、主治医のカルテの内容を検討し、必要に応じて主治医と面談したりして、労災申請や会社に対する請求の可否を判断し、調査結果をご依頼者様にご報告します。
ご依頼者様には、調査結果を踏まえて、更に費用をかけて労災申請や会社との交渉に進むかを決めていただくことができます。
また、会社に対して証拠の開示や説明を求める中で、示談が成立することもあります。