目次
1 解雇・退職勧奨とは
Aさんは、会社から『今月で辞めてもらえないか。』と言われました。さて、Aさんは会社から解雇を通告されてしまったのでしょうか。答えはNOです。
Aさんは、会社から『今月で辞めてもらう。』と一方的に告げられているのではなく、あくまで『辞めてもらえないか。』とお願いされているだけなので、解雇ではなく退職勧奨を受けているというべきです。
では、解雇と退職勧奨はどのように違うのでしょうか。
⑴ 雇用契約終了の3パターン~解雇・辞職・合意退職~
雇用契約の終了原因は、使用者と労働者のどちらが雇用契約終了の意思表示をするかによって、主に3つに分けることができます。
ア 解雇
使用者から労働者に対する一方的な雇用契約終了の意思表示を、解雇といいます。労働者の意思は関係なく、使用者の意思表示だけで雇用契約が終了します。
イ 辞職
逆に、労働者から使用者に対する一方的な雇用契約終了の意思表示を、辞職といいます。使用者の意思は関係なく、労働者の意思表示だけで雇用契約が終了します。労働者が使用者に対して退職届や辞表を提出するイメージです。
ウ 合意退職
使用者と労働者の双方が合意して雇用契約を終了させることを、合意退職といいます。労働者が使用者に対して退職願を提出して使用者がこれを承諾したり、使用者が労働者に対して退職を勧告して労働者がこれに承諾すると合意退職が成立します。
⑵ 解雇
雇用契約終了の3パターンで説明したように、解雇は、使用者から労働者に対する一方的な雇用契約終了の意思表示です。労働者の意思は関係ないというのがポイントです。
『今月で辞めてもらう。』『明日から来なくていい。』など、労働者に有無を言わせない使用者による一方的な通告は、解雇の意思表示とみるべきでしょう。
解雇は、労働者の意思に関係なく、使用者によって一方的に行われてしまうので、後述するように、労働契約法などの法律で厳しい制限がかかっていて、法律に違反する解雇は無効になります。
一方、『今月で辞めてもらえないか。』など、労働者の承諾を求めるような使用者の言動は、解雇ではなく、次に説明する退職勧奨とみるべきでしょう。
⑶ 退職勧奨
退職勧奨とは、使用者が労働者に対して、辞職や合意退職をするようお願いすることです。解雇できるような理由はないけど、労働者に辞めてもらいたいときに、使用者が労働者に対して、労働者の意思で辞めるようお願いするのが退職勧奨です。
あくまで「お願い」なので、労働者に退職勧奨に応じる義務はありません。労働者が「分かりました。」と承諾しない限り雇用契約終了の効果は生じません。
逆に、労働者が退職勧奨に応じてしまうと、辞職や合意退職をしたことになってしまいます。使用者が解雇したのではなく、あくまで労働者が自分の意思で退職したことになってしまうので、違法な解雇として争うことが難しくなってしまいます。
2 解雇には厳しい制限がある
⑴ 労働契約法16条
解雇は、労働者の意思に関係なく、使用者によって一方的に行われてしまうので、労働契約法などの法律で厳しい制限がかかっていて、法律に違反する解雇は無効になります。
代表的なものとして、労働契約法16条は、以下のように定めています。
「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合には、その権利を濫用したものとして、無効とする。」
労働契約法16条
難しい言葉で書かれていますが、つまり、正当な理由のない解雇は無効ということです。
⑵ 正当な理由とは
何が正当な理由に当たるかはケースバイケースですが、解雇は強制的に雇用契約を終了させてしまう最終手段なので、注意・指導を繰り返しても改善が期待できないなど、他に手段がないという場合でなければ解雇に正当な理由があるとはいえないでしょう。
例えば、「能力不足。」「ミスが多い。」といった解雇理由の場合、解雇に正当な理由があるといえるためには、単に成績が悪かったりミスが多いというだけでなく、教育しても向上していく見込みがない、注意・指導を繰り返しても同じミスを繰り返して改善しない、配置転換して他の仕事をしてもらうこともできない、といった事情が必要になるでしょう。
⑶ 正当な理由の立証責任は使用者にある
解雇に正当な理由があることは、使用者が立証する必要があります。使用者が、解雇に正当な理由があることを証拠によって具体的に立証することができなければ、労働審判や訴訟で解雇は無効と判断されます。
例えば、使用者は、「労働者にミスが多い。」などと抽象的に主張するだけでは足りず、労働者がいつ、どのようなミスをして、これに対して使用者がどのような指導をして、それでもミスが改善されなかったのかということを、証拠を提出して具体的に立証できなければ、解雇は無効になります。
3 雇止め
⑴ 雇止めとは
雇止めとは、契約期間が定められている雇用契約(有期雇用契約)において、労働者が契約更新を望んでいるにもかかわらず、使用者が契約更新をせず、契約期間満了を理由に雇用契約を終了させることをいいます。
⑵ 雇止めの制限
雇止めも、解雇と同様、使用者が一方的に雇用契約を終了させるものなので、労働契約法19条により制限がされています。
労働契約法19条を整理すると、雇止めが無効といえるためには、以下の2段階の要件が必要になります。
<第1段階>
雇止めが無効になるためには、以下の①、②のどちらかに当たることが必要です。
①有期雇用契約が反復して更新されていて、実質的に無期雇用契約と同視できる場合。
②労働者が有期雇用契約が更新されると期待する合理的な理由がある場合。
<第2段階>
①、②のどちらかに当たる場合、雇止めは解雇と同様、正当な理由がなければ無効です。
解雇の場合と違って、第1段階の①、②のどちらかに当たることを労働者が立証しなければならないというハードルがあります。
4 解雇・退職勧奨されたらどうすべきか
⑴ 解雇かどうかはっきりさせる
使用者から『今月で辞めてもらう。』『明日から来なくていい。』と一方的に通告された場合、解雇の意思表示とみるべきですが、使用者の言葉だけで判断することは危険です。
解雇されたと思って会社に行かなかったら、後から使用者に『解雇なんてしていない。労働者が自分で辞めた(辞職や合意退職)だけだ。』と言われてしまうことがあります。
解雇は正当な理由がなければ無効ですが、辞職や合意退職にはそのような制限はありません。
このような食い違いを避けるため、解雇は必ず書面(解雇通知書)で通知してもらうようにしましょう。使用者が解雇通知書を出さない場合には、解雇なのか口頭で確認し、使用者の回答を録音してもよいでしょう。
⑵ 解雇理由をはっきりさせる
解雇通知書に、解雇理由が書いていない、あるいは解雇理由が書いてあっても「能力が不足している。」などと抽象的にしか書かれていないことがあります。
これでは、解雇に正当な理由があるか検討することができないので、使用者に解雇理由を具体的に明らかにさせる必要があります。
解雇理由を明らかにする書面を解雇理由証明書といいます。解雇理由証明書を発行することは、労働基準法22条に定められた使用者の義務です。
⑶ 退職を認める言動をしない
使用者が「解雇に必要な書類だから。」と言って労働者に退職届や退職合意書へのサインを求めてくることがあります。このような書類には絶対にサインしてはいけません。
解雇は、使用者による一方的な雇用契約終了の意思表示で、労働者の意思表示は必要ありません。労働者が退職を承諾する意思表示をしてしまうと、辞職や合意退職にされてしまう危険があります。
特に退職届や退職合意書のような証拠だけが残ってしまうと、これを覆すのはとても困難です。
⑷ すぐに労働問題に詳しい弁護士に相談する
使用者から解雇や退職勧奨を受けた場合、なるべく早く労働問題に詳しい弁護士に相談しましょう。
あなたが受けているのが退職勧奨なのか、解雇なのか、置かれている状況を正確に把握して対応することが重要です。
自分で対応して辞職や合意退職の証拠を取られてしまってからでは、後からこれを覆すことができなくなってしまうかもしれません。
もっとも、例え退職届や退職合意書を書かされてしまったとしても諦める必要はありませんので、労働問題に詳しい弁護士に相談してください。
5 労働問題に詳しい弁護士は何ができるのか
⑴ 解雇が無効の場合に請求できるもの
① 労働者の地位の確認
解雇が無効であれば、雇用契約は終了しておらず現在も継続していることになります。労働者は、使用者に対して現在も労働者の地位にあることの確認を求めることができます。
② 解雇日の翌日以降の給料の支払い
解雇が無効であれば、雇用契約は解雇日の翌日以降もずっと継続していることになるので、労働者は、使用者に対して解雇日の翌日以降の給料を全て支払うよう請求することができます。
③ 損害賠償請求
解雇の態様が酷く、労働者が会社に戻る意思を無くしてしまった場合、労働者は、退職することは認めつつ、使用者に対して解雇日の翌日以降の給料に相当する逸失利益や、精神的苦痛に対する慰謝料の損害賠償を請求することができます。
また、解雇の態様が酷い場合に、労働者の地位の確認を求めつつ慰謝料の損害賠償を同時に請求することも考えられます。
⑵ 退職条件の交渉
退職勧奨や無効な解雇を受けた場合、労働者は退職に応じる必要はありませんが、退職に応じる場合の条件について使用者と交渉することもできます。
労働問題に詳しい弁護士は、労働者から希望を聴き取って、なるべく労働者に有利な条件を得られるよう使用者と交渉します。
私が実際に交渉を成立させたケースを紹介します。
(ケース①)解雇事案
使用者は、解雇を撤回し、労働者に対して給与1年分相当の解決金を支払う。労働者は、解雇日とされていた日をもって会社都合で合意退職したこととする。
(ケース②)退職勧奨事案
退職日は半年後とし、それまで労働者は就労を免除され、給与をもらいながら自由に転職活動を行うことができるものとする。さらに、使用者は、労働者に対して給与1年分相当の特別退職金を支払う。
⑶ 採り得る手段
労働事件では、交渉や訴訟の他にも採り得る手続きが多くあります。各手続きにはそれぞれメリット・デメリットがあるので、どの手続きを選択するのかがとても重要になります。
解雇事件や雇止め事件の場合、労働者が何を目標とするかによって適切な手続きが異なります。
労働者に退職の意思がなく、あくまで復職を目標とする場合には、話合いによる解決は困難なため、訴訟により判決を目指すことが一般的です。
労働者が条件次第で退職和解も考えられる場合には、交渉や労働審判も選択肢に入ってきます。どの手続きを選択するかは、求める解決水準と時間的・金銭的コストの兼ね合いで決めることになります。一般的に、①訴訟、②労働審判、③交渉の順番で解決水準は高いですが、時間的・金銭的コストも高い傾向にあります。
訴訟をする経済的余裕がなく当面の生活にも窮するような場合には、仮処分により給与の仮払いを求めることも考えられます。
退職勧奨事件の場合、まだ退職をお願いされているだけで、法的に争う権利関係がないので、労働審判や訴訟を起こすことはできません。基本的には交渉による解決を目指すことになります。
労働問題に詳しい弁護士は、依頼者から希望を聴き取り、事案に応じた適切な手続きを提案します。