【解雇事件マニュアル】Q68契約締結上の過失を認めた裁判例は
1 コーセーアールイー(第2)事件・福岡高判平23.3.10労判1020号82頁
同判決は、使用者が経営状態や経営環境の悪化を認識しながら新卒者採用を断念せず、新卒者に対して採用内々定を出し採用内定通知書交付の日程調整を行っておきながら、そのわずか数日前に事業計画の見直しという極めて簡単な理由で内々定取消しを行い具体的理由の説明を行わなかったという事案で、内々定取消しの時点において労働契約が確実に締結されるであろうとの新卒者の期待は、法的保護に十分値する程度に高まっており、使用者の内々定取消しは、労働契約締結過程における信義則に反し、新卒者の上記期待利益を侵害するものとして不法行為を構成するから、使用者は、新卒者が使用者への採用を信頼したために被った損害について、これを賠償すべき責任を負うとした。そして、使用者に対して慰謝料50万円の支払いを命じた。
2 かなざわ総本舗事件・東京高判昭61.10.14金融商事判例767号21頁
中途採用の過程で労働者が前職を退職したにもかかわらず採用に至らなかったことについて、使用者の契約締結上の過失を認めて退職による逸失利益の賠償を認めた裁判例である。同判決は、「契約締結の準備段階であっても、その当事者は、信義則上互いに相手方と誠実に交渉しなければならず、相手方の財産上の利益や人格を毀損するようなことはできる限り避けるべきである。特に本件は雇傭契約の締結をめぐっての準備段階とはいっても、控訴人会社が被控訴人を幹部社員として迎えるかどうかであって、両者の信頼関係は通常の契約締結準備段階よりも強かったことはさきに認定したとおりである。したがって、右準備段階での一方の当事者の言動を相手方が誤解し、契約が成立し、もしくは確実に成立するとの誤った認識のもとに行動しようとし、その結果として過大な損害を負担する結果を招く可能性があるような場合には、一方の当事者としても相手方の誤解を是正し、損害の発生を防止することに協力すべき信義則上の義務があり、同義務に違背したときはこれによって相手方に加えた損害を賠償すべき責任があると解するのが相当である。」として、労働者が契約準備段階で前職を退職しようとしているのを知りながら使用者がこれを制止せず、労働者が職を失ったという事案で、信義則違反に基づき使用者に対して逸失利益200万円及び慰謝料100万円(過失相殺後の額)の支払いを命じた。当該判決は不法行為の構成を採っていないが、不法行為として差し支えなかったであろう。
3 ユタカ精工事件・大阪高判平17.9.9労判906号60頁
使用者から入社及び経営再建を依頼された労働者が前職を退職したが、待遇面で合意できずに雇用契約締結に至らなかった事案で、契約締結上の過失を認めている。同判決は、被告会社が原告に対し、被告会社への入社と再建への協力を依頼した時点で、原告は銀行に勤務しており、原告が被告会社に入社するためには、就職先を退職する必要があり、仮に原告が就職先を退職した後に、原告と被告会社との間の雇用契約が締結できなくなった場合は、原告は職を失うことになるのであるから、このような事情を認識できた被告会社としては、相手方である原告がそのような状況に陥ることのないよう、雇用条件などを事前に伝え、相手方である原告において、勤務先を退職してまで、被告会社との雇用契約を締結するべきかどうかを考慮する機会を与え、また、仮にそのような状況に至った後の場合であっても、できるだけ損害が少なくなるよう、早期に、その後の対処方法を考慮する機会を与えるべきであるとし、慰謝料120万円(ただし、2割過失相殺し、96万円。)を認めた。
4 フォビジャパン事件・東京地判令3.6.29労経速2466号21頁
①被告の代表取締役Yが、関連会社A社から被告への転職を希望する原告に対し、採用された場合の給与が当時原告が得ていた給与(月額34万円)を上回る月額39万円となることを明言した、②Yが、一次面接を終えた原告に対して、面接の結果が良好であった旨を告げるとともに、就業開始の具体的日程について言及した、③それまでA社から複数の従業員が被告に転職しており、代表取締役Zとの二次面接の結果転職に至らなかった事例も存在しなかった、④A社から被告に転職した従業員の一人であるEが、一次面接の後、A社を退職した際の手順を尋ねた原告に対し、即座に「明日○○さんに辞意を表明してください」と具体的な手順を教示したことから、原告はそれまでの待遇を上回る条件で被告に採用されることが確実であるとの認識を抱き、A社に対して退職届を提出した。しかし、Zとの二次面接の結果、被告は原告に月額30万円でしか採用できないと述べ、原告はこれを断った。
判決は、上記経過から、被告から書面等による正式な採用の通知はなされておらず、原告においても採用に至るにはZとの二次面接が必要であることを認識していたと認められることを踏まえても、原告の期待は法的保護に値するものというべきであり、被告が、原告がA社を退職する直前(在籍最終日の2日前)になって、Yの説明を覆し、それまでの待遇をも下回る条件を提示したことは、原告の期待権を侵害するものであって不法行為を構成するとし、原告が再就職するまでに要した2か月間の給与額68万円(ただし、そこから2割過失相殺)の逸失利益を認めた。
5 学校法人東京純心女子学園(東京純心大学)事件・東京地判平29.4.21労判1172号70頁
学校法人である使用者が労働者2名に対してA学部設置への協力や同学部教員としての採用を打診し、労働者2名について教員審査を経て教員就任承諾書の提出を受けたにもかかわらず、A学部設置の認可を受けた後に労働者2名を採用しなかった。同判決は、労働契約が確実に締結されるであろうとの労働者2名の期待は法的保護に値する程度に高まっていたとした。そして、使用者が労働者2名を採用しなかったことは、労働契約締結過程における信義則に反し、労働者2名の期待を侵害するものとして不法行為を構成するとして、労働者2名についてそれぞれ慰謝料50万円を認めた。
6 わいわいランド(解雇)事件・大阪高判平13.3.6労判818号73頁
雇用契約締結後の事情の変更を理由とする整理解雇を有効としつつ、契約締結上の過失を認めた裁判例である。同判決は、被告会社が中途採用の過程で予定していたZ社からの業務委託を受けることができず、原告Aは雇用契約締結直後に解雇され、原告Bは雇用に至らなかったという事案で、「被告会社は、原告らの信頼にこたえて、自らが示した雇用条件をもって原告らの雇用を実現し雇用を続けることができるよう配慮すべき信義則上の注意義務があったというべきである。また、副次的には原告らが被告会社を信頼したことによって発生することのある損害を抑止するために、雇用の実現、継続に関係する客観的な事情を説明する義務もあったということができる」としたうえ、①Z社との委託契約の成立について誤って判断した、②折衝経過・内容を原告らに説明することなく、委託契約の成立があるものとして雇用契約を勧誘した、③その結果、原告Aについては契約を締結したものの就労の機会もなく失職させ、原告Bについては契約を締結することなく失職させたとし、原告Aについて給与5か月分の逸失利益及び慰謝料50万円、原告Bについて給与4か月分の逸失利益及び慰謝料40万円の損害賠償を認めた。