【解雇事件マニュアル】Q69契約締結上の過失で認められる損害は

1 逸失利益

⑴ 採用されれば得られたであろう賃金相当額

 労働者が、使用者の契約締結上の過失により、当該使用者に採用されるであろうとの期待権が侵害された場合、当該使用者に採用されていれば得られたであろう賃金相当額を逸失利益として請求することができるか。

 近時の裁判例は、期待権侵害に基づく損害賠償の対象は,被告への採用を信頼したために原告が被った損害に限られ,原告が被告に採用されれば得られたであろう利益を損害として請求することはできないとし、被告から支払われたであろう賃金相当額の逸失利益を否定している(コーセーアールイー(第2)事件・福岡高判平23.3.10労判1020号82頁、学校法人東京純心女子学園(東京純心大学)事件・東京地判平29.4.21労判1172号70頁)。フォビジャパン事件・東京地判令3.6.29労経速2466号21頁も、被告との労働契約の成立が認められない以上、被告が約した給与額が原告の損害ということはできないとした。

 一方で、わいわいランド(解雇)事件・大阪高判平13.3.6労判818号73頁は、被告が「原告らの信頼にこたえて、自らが示した雇用条件をもって原告らの雇用を実現し雇用を続けることができるよう配慮すべき信義則上の注意義務」に違反したとして、雇用契約が成立していた原告Aについて被告で得られたであろう給与5か月分の逸失利益を認めるとともに、雇用契約が成立していなかった原告Bについても被告で得られたであろう給与4か月分の逸失利益を認めている。

⑵ 前職を退職したことによる損害

 労働者が、使用者の契約締結上の過失により、当該使用者に採用されるであろうと期待し、前職を退職し職を失った場合、前職の賃金相当額の逸失利益が損害として認められることがある。

 かなざわ総本舗事件・東京高判昭61.10.14金融商事判例767号21頁は、労働者の再就職の事情などを考慮し、およそ前職の賃金の2年分の逸失利益を認めた(ただし、過失相殺。)。前掲フォビジャパン事件も、契約締結上の過失により原告が失職していた2か月間について、前職の給与額の逸失利益を認めた。

 一方で、ユタカ精工事件・大阪高判平17.9.9労判906号60頁は、使用者が、労働者が想定しているであろう給与に比べると、著しく低額である金額の給与でしか雇用契約を締結することはできないと判断するに至ったにもかかわらず、これを労働者に告げず、放置した契約締結上の過失を認めた事案で、労働者が前職を退職した時点では、未だ使用者が上記の判断をすることができたと認めるのは困難であり、使用者の義務違反と労働者が前職を退職したことによる損害との間に相当因果関係が認められないとして、逸失利益を否定している。

2 慰謝料

 下記一覧表のとおり、各事案における様々な事情を考慮して慰謝料額が認定されている。

 一方で、前掲フォビジャパン事件は、契約締結上の過失により原告が失職した期間が2か月間と比較的短く,その後,原告が転職して従前と同程度の収入を得ていることに照らすと,原告に財産的損害(逸失利益)を填補してなお慰謝されない精神的損害が生じたものとは認められないとして、慰謝料を否定した。

【表:契約締結上の過失による慰謝料】

事件名事情慰謝料額・備考
コーセーアールイー(第2)事件・福岡高判平23.3.10労判1020号82頁・労働者が他社からの複数の内々定を断り、就職活動を終了させた ・使用者が労働者に対して十分な説明をせず、労働者からの抗議にも何ら対応しなかった ・労働者の精神的苦痛が大きく、1か月程度就職活動ができない期間が生じ、いまだ就職できていない50万円(一審は100万円)
かなざわ総本舗事件・東京高判昭61.10.14金融商事判例767号21頁・前職を退職して安定した職場を失い、55歳を過ぎてから印鑑のセールスマンとして生計を立てざるを得なくなった100万円
ユタカ精工事件・大阪高判平17.9.9労判906号60頁・労働者は、早期に再就職先を探すことになる機会を遅らせ、また、勤務先を退職した後ではあるものの、自分の想定程度の給与を受けることができるであろうとの期待を抱いていたにもかかわらず、明確な理由を告げられることなく、定額の給与額を提示された上、結局、雇用契約を締結することができなかった ・特に、当初使用者が労働者に対して入社を依頼した際の態度や、その後労働者が使用者の求めに応じ、金融機関との交渉の場に同席するなどした120万円
学校法人東京純心女子学園(東京純心大学)事件・東京地判平29.4.21労判1172号70頁一切の事情を考慮各50万円
フォビジャパン事件・東京地判令3.6.29労経速2466号21頁・契約締結上の過失により原告が失職した期間が2か月間と比較的短く,その後,原告が転職して従前と同程度の収入を得ている0円
わいわいランド(解雇)事件・大阪高判平13.3.6労判818号73頁・原告らは、解雇又は雇用拒絶の前後を通じて、被告から想定取引先との折衝経過等について説明を受けず、そのため自らが被告との雇用の実現又は継続をできなかったことの本当の理由を知ることができなかった ・訴訟の経過においても、被告が想定取引先に責任があるなどの自らの考えに固執して原告らに対する責任を自覚するところがない ・原告Aは、被告と雇用契約を結びながら、解雇された雇用契約が成立していた原告Aは50万円、雇用契約が成立していない原告Bは40万円

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