【解雇事件マニュアル】Q82解雇理由証明書に記載のない解雇理由を追加することは許されるか

 解雇時に客観的に存在していたが、使用者が解雇理由証明書に記載しなかった解雇理由を、訴訟等において事後的に追加することは許されるか。

 原則これを許さないとする学説も強く主張されている(水町『詳解労働法』1032頁など)。また、広島山陽学園事件・広島高判令2.2.26判例秘書L07520762は、「労働基準法22条1項が解雇理由証明書の請求について規定したのは、解雇が労働者に大きな不利益を与えるものであることに鑑み、解雇理由を明示することによって不当解雇を抑制するとともに、労働者に当該解雇の効力を争うか否かの判断の便宜を与える趣旨に出たものと解されるから、解雇理由証明書に記載のなかった事由を使用者において解雇理由として主張することは、原則として許されないというべきである。」とした上、この理は有期労働契約を更新しない事由についても同様であるとした。もっとも、「更新しない理由に係る証明書に記載されていない事情を使用者が雇止めの理由として主張しても、上記の立法趣旨に反しないと認められる特段の事情があれば、当該主張は認められるというべきである。」とした。何が「特段の事情」に当たるかは不明である。

 一方で、菅野ら『労働法』769頁は、理論上は解雇理由証明書の記載に、記載しなかった事実を後の訴訟で主張できなくなる手続法的な効果まで認めることは困難であるとしている。また、裁判官が執筆した書籍では、普通解雇が解雇権の行使であり、使用者の主張する解雇の理由は権利濫用の評価障害事実と位置づけられることからすれば、解雇理由証明書に記載されていない解雇理由についても、解雇の意思表示の時点までに客観的に存在した事由であれば、解雇の有効性を根拠づける事実として主張することができるとするのが論理的な帰結であり、したがって、解雇理由証明書に記載がない解雇理由を主張したからといってその主張が失当となることはないとされている(『類型別Ⅱ』394頁、渡辺『労働関係訴訟Ⅰ』18頁も同旨)。

 仮に、解雇理由証明書に記載されていない解雇理由を事後的に主張することが許されるとしても、少なくとも解雇理由証明書に記載されている解雇理由は、解雇した際に、使用者側が重視した事情が記述されているとみるのが通常であり、逆にいうと、訴訟段階でこれに書かれていない事情が主張されたとしても、解雇当時はそれほどは重視されていない事情なのではないかと判断するのが、通常の経験則に合致する。そも意味では、解雇理由証明書に記載されている解雇理由が、解雇権濫用法理の適用に当たって重要な要因として、攻撃防御方法の中核になる(渡辺『労働関係訴訟Ⅰ』18頁)。

 一般論としても、使用者が解雇の意思表示時点で認識していなかった重大な事由が後から発覚した場合は格別、使用者が解雇の意思表示時点で認識していたにもかかわらず、当初解雇理由として主張していなかった事由については、使用者は当該事由を解雇に相当するものとして重要視していなかったというべきである(『類型別Ⅱ』394頁も同旨)。

 したがって、使用者が解雇の意思表示時点で認識していたにもかかわらず、解雇理由証明書に記載せず、事後的に追加した解雇理由が、決定的に解雇の有効性を基礎付けることはないというべきである。

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