【不当解雇】Case611 懲戒免職処分無効確定後における職場復帰期待権侵害が認められ、公務員のバックペイからの中間収入控除が否定された事案・富士吉田市(職場復帰期待権侵害等)事件・甲府地判R5.6.27労判1332.70
解雇無効確定後に使用者が労働者を職場復帰させなかった場合、労働者は使用者に対して期待権侵害を主張して損害賠償請求することができるのでしょうか。本件は、懲戒免職処分が無効と確定した公務員(歯科医師)が、元の職場環境への復帰期待権侵害と市長による名誉毀損を訴え、公務員の未払給与計算における民法536条2項の中間収入控除が否定された点が特徴的な事例です。
【事案の概要】
原告労働者Xは、被告富士吉田市(Y市)が運営するA病院に勤務する歯科医師でした。Xは2016年にY市から診療拒否やパワーハラスメントを理由に懲戒免職処分を受けましたが、取消訴訟を提起し、2020年6月に当該処分は無効と確定しました。
しかし、処分取消判決確定後も、Y市の市長は2020年7月及び8月の定例記者会見において、Xの診療拒否やパワーハラスメントがあったという認識は変わらない旨の発言を繰り返し、Xに対し謝罪する意思はないと述べました。
これを受け、XはY市に対し、以下の点を求めて提訴しました。
⑴ 懲戒免職処分期間中の未払給与の支払い
⑵ 判決確定後も職場復帰が遅延したことによる、職場復帰期待権侵害に対する損害賠償
⑶ 市長の記者会見での発言による、Xの社会的評価低下に対する損害賠償
【判決の要旨】
裁判所は、以下の通り判断しました。
⑴ 未払給与の支払いについて
Xの給与請求権は、懲戒免職処分取消判決の確定により、XがY市の職員としての地位を回復したことによって、地方公務員法24条5項及びY市給与条例4条に基づき発生すると判断しました。そして、職員の給与は、法律又は条令により特に認められた場合を除き、全額を支払わなければならないとされており(地公法25条2項)、そして、当該規定を受けて、Y市給与規則5条各号において、Y市給与条例3条の2の規定によって減額される場合の給与等の計算方法について詳細な定めがされていることからすると、民法536条2項ただし書(中間収入控除)を類推適用する余地はないとし、Y市に対し、懲戒免職処分期間中の給与全額の支払いを命じました。
⑵ 職場復帰期待権侵害による損害について
前訴判決確定により、Xには懲戒免職処分前と同様の職場環境で勤務する期待が法的利益として保護されるべきと認められました。しかし、Y市はXに対し、以前とは大きく異なる業務への従事を通知し、診察室の設備も不十分であったことなどから、Xが元の通り外来患者の受け入れを再開できたのは、判決確定から約1年4か月後であったと認定しました。この遅延は職場復帰への期待権を侵害するものであり、その慰謝料として100万円の支払いを命じました。
⑶ 市長の発言によるXの損害について
市長の定例記者会見での発言は、取消訴訟で否定されたXの診療拒否やパワーハラスメントについて、特段の合理的根拠を示すことなく事実があったかのように述べたものでした。これらの発言が新聞に掲載され市民に広く伝わった結果、Xが「診療拒否及びパワハラを行った医師」としてレッテルを貼られ、Xの社会的評価が低下し、円滑な職務遂行に大きな影響を与えたと判断しました。その精神的苦痛を慰謝するとして200万円の支払いを命じました。
※確定
【まとめ】
• 公務員の懲戒処分が無効と確定した場合、未払給与計算において民法536条2項の中間収入控除は原則として適用されない。
• 懲戒処分無効後、元の職場環境への復帰を期待する法的利益は保護され、復帰の不当な遅延や環境整備の不備は、期待権侵害として損害賠償の対象となり得る。
• 公的な立場の者が、裁判で否定された事実を根拠に労働者の社会的評価を貶める発言をした場合、名誉毀損として損害賠償責任を負う可能性がある。