【解雇事件マニュアル】Q86 懲戒解雇には労働契約上の根拠が必要か

 懲戒解雇に労働契約上の根拠は必要か。労働契約及び就業規則に懲戒解雇の規定がない場合に、使用者が労働者を懲戒解雇することはできるか。

 懲戒権の根拠について、最高裁はかつて、「使用者は、広く企業秩序を維持し、もって企業の円滑な運営を図るために、その雇用する労働者の企業秩序違反行為を理由として、当該労働者に対し、一種の制裁罰である懲戒を課することができるものである」等と判示し(関西電力事件・最一小判昭58.9.8労判415号29頁)、使用者は固有権である企業秩序定立権の一環として懲戒処分を行う権限を有するとの立場(固有権説)に立つものと理解されていた(水町『詳解労働法』590~591頁)。

 しかし、フジ興産事件・最二小判平15.10.10労判861号5頁は、「使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要する」、ネスレ日本(懲戒解雇)事件・最二小判平18.10.6労判925号11頁は、「使用者の懲戒権の行使は、企業秩序維持の観点から労働契約関係に基づく使用者の権能として行われるものである」としており、近時の判例は、懲戒は就業規則などの労働契約上の根拠に基づいて行うことができるという契約説的な立場に移行しているとの見解が学説上広がっている(水町『詳解労働法』591~592頁)。契約説の立場からは、懲戒権の行使には、当然に労働契約上の根拠が必要ということになる。なお、判例は一貫して固有権説の立場に立っているとする学説もあるが、当該学説に立っても、前掲フジ興産事件が「あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要する」としたように、罪刑法定主義類似の観点から、使用者が労働者に対して懲戒処分を行うためには、懲戒の種別と事由が契約上明記されていなければならないとされるため、結論として大きな違いはない。

 したがって、懲戒処分である懲戒解雇には労働契約上の根拠が必要であり、労働契約及び就業規則に懲戒解雇の規定がない場合には、使用者が労働者を懲戒解雇することはできない。具体的には、使用者と労働者との間の個別契約に懲戒事由とその手段としての解雇の定めがあること、または①就業規則における懲戒事由とその手段としての解雇の定め、②①の就業規則が周知性を有することが必要になる(『類型別Ⅱ』388頁)。

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