Case59 トランスジェンダーの女性トイレ使用制限の違法性が否定された事案・国・人事院(経産省職員)事件・東京高判令3.5.27労判1254.5

(事案の概要)

 原告は、経済産業省に勤務する国家公務員で、戸籍上の性別(男性)は変更していないトランスジェンダーです。原告は、平成11年頃に専門医から性同一性障害の診断を受け、脱毛、顔の女性化形成手術を受け、平成20年頃からは私的な時間の全てを女性として過ごしていましたが、皮膚疾患等が原因で性別適合手術を受けていませんでした。

 原告は、平成21年、経産省に自らが性同一性障害であること、女性トイレの使用を含む女性職員としての勤務希望を伝えました。

 経産省は、平成22年から原告の女性トイレの使用を一部認めましたが、認められたのは原告の執務場所から2階以上離れた女性トイレの使用のみでした。

 原告は、平成25年、女性トイレの使用に関し、人事院に対し戸籍上の性別および性別適合手術を受けたかどうかにかかわらず、他の一般的な女性職員との公平処遇を求める本件各措置要求をしたところ、人事院からいずれも認められない旨の本件判定を受けました。

 本件は、原告が、本件判定にかかる処分の取り消しを求め、また国家賠償法に基づき慰謝料等の支払を求めた事案です。

 また、上長から「なかなか手術を受けないんだったら、もう男に戻ってはどうか。」または「服装を男のものに戻したらどうか。」という趣旨の発言を受けたことについても、慰謝料を請求しています。

(判決の要旨)

一審判決

 一審判決は、「性別は、社会生活や人間関係における個人の属性の一つとして取り扱われており、個人の人格的な生存と密接かつ不可分のものということができるのであって、個人がその真に自認する性別に即した社会生活を送ることができることは、重要な法的利益として、国家賠償法上も保護される」としたうえ、「トイレが人の生理的作用に伴って日常的に必ず使用しなければならない施設であって、現代においては人が通常の衛生的な社会生活を送るに当たって不可欠のものであることに鑑みると、個人が社会生活を送る上で、……その真に自認する性別に対応するトイレを使用することを制限されることは、……上記の重要な法的利益の制約に当たる」と判示しました。

 そして、原告が女性ホルモン投与によって女性に対して性的な危害を加える可能性が客観的に低い状態に至っていたことを経産省が把握していたことや、原告が女性として認識される度合いが高いものであったことなどを考慮すると、原告が女性トイレを使用することでトラブルが生じる可能性は、せいぜい抽象的なものにとどまるものであり、経産省もそのことを認識できたとして、庁舎管理権の行使に当たって尽くすべき注意義務を怠ったとして、国賠法上の損害賠償責任を認め、その限りで本件判定が違法であるとして取り消しました。

 また、上長の上記発言についても違法性を認めました。

控訴審判決

 控訴審は、本件トイレに係る処遇は、自らの性自認に基づいた性別で社会生活を送るという法律上保護された利益が侵害されていることになる、と原告に対する法益侵害を認めました。

 しかし、国賠法上の違法性は、公務員が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該行為をしたと認め得るような事情がある場合にのみ認められるという「国賠法上の違法」の法理に基づき、経産省の諸々の対応から、公務員が職務上尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該行為をしたと認め得るような事情があるとは認め難いとして、国賠法上の違法性を否定しました。

 結果として、上長の発言に対する慰謝料10万円及び弁護士費用1万円のみ認容されました。

※上告

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