Case396 弁護士からSNS改ざんの疑いをかけられ「もう来なくていい」と言われたことに対して事務員が「こんなとこ働けんわ」と立ち去ったことが合意解約の意思表示とはいえないとされた事案・乙山法律事務所事件・東京地判平27.3.11判時2274.73

(事案の概要)

 原告労働者は、弁護士である被告の事務所で事務員として働いていましたが、ある日深夜から早朝にかけて被告から複数の着信履歴とメールがありました。原告が早朝に被告に電話すると、被告は、原告が被告のFacebookの「○○と交際中です。」という表示を消した(本件改ざん)と問い詰めてきました。原告は否定しました。

 その日原告が出勤すると、被告は原告に本件改ざんをしたと問い詰めるとともに「もう来なくていいって言ったはずだけど。」「もう、そういうことを言ってる限り、もう、あなた、僕は雇いきれない。もう確実にあなたがやったとしか考えられない状況です。」、「君が嘘をついているということが僕には問題なんだ。だから、君がそれを認めないなら、僕は雇いきれない。信用できない。」と告げました(第一解雇)。これに対して原告は「こんなとこ働けんわ」と発言して立ち去りました。

 また、第一解雇の際、被告は原告に対し「風俗嬢であることを自慢にしてるよお前は! 心の中で。そんなことしてたら将来が見えるよ。言ってやろうか?○○さんに聞いたよ。風俗嬢を五年、一〇年やった人間の末路を。病んで。四〇代なったら酷いことになるよ。」などと侮辱しました(侮辱発言)。

 その後原告が申し立てた仮処分の主張書面において、初めて第一解雇の複数の理由を明らかにしました。また、被告は原告に対して第二解雇、第三解雇の意思表示をしました。

 本件は、原告が被告に対して各解雇の無効を主張して雇用契約上の地位の確認等を求めるとともに、侮辱発言について慰謝料の支払いを求めた事案です。

 被告は、第一解雇の際に原告が「こんなとこ働けんわ」と発言して立ち去ったことから、雇用契約は合意解約により終了したと主張しました。

(判決の要旨)

1 合意解約の成否

 判決は、労働者にとって雇用契約は、生活の糧を稼ぐために締結する契約であり、かつ、社会生活の中でかなりの時間を費やすことになる契約関係であることからすれば、かかる雇用契約を解消するというのは、労働者にとって極めて重要な意思表示となる。したがって、かかる雇用契約の重要性に照らせば、単に口頭で合意解約の意思表示がなされたとしても、それだけで直ちに合意解約の意思表示がなされたと評価することには慎重にならざるを得ない。特に労働者が書面による合意解約の意思表示を明示していない場合には、外形的にみて労働者が合意解約を前提とするかのような行動を取っていたとしても、労働者にかかる行動を取らざるを得ない特段の事情があれば、合意解約の意思表示と評価することはできないものと解するのが相当であるとしました。

 そして、本件では、原告は被告から事務所にもう来なくていいと言われたうえ、本件改ざんを疑われ、これを否定する中で及んだものであり、原告として事務所を立ち去るしか方法がなかったとして、原告が雇用契約の合意解約に同意したとは認められないとしました。

2 各解雇の有効性

 判決は、解雇を行った当時、使用者が解雇理由として重視していたのであれば、当然に当該解雇理由を明らかにすることは容易であるところ、解雇理由の明示を求められてもすぐに明らかにしなかったような解雇理由は、解雇の際にも使用者がさほど重視しておらず、解雇の有効性を検討するに際しても重視されるべきでないとして、第一解雇を無効としました。

 もっとも、原告が無断で録音した第一解雇の際の音声データをウェブサイト上で公開したことを理由とする第二解雇は有効とされ、第二解雇から30日後までの賃金請求のみ認められました。

3 不法行為の成否

 判決は、第一解雇の際に被告が原告に対して侮辱的な発言をしたことについて、名誉感情を侵害する不法行為に当たるとして、慰謝料5万円を認めました。

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