Case520 プログラマーがソースコードの提出と引換えに金銭要求したことを重大な背信行為としつつ期間途中の懲戒解雇を性急に過ぎ無効とした事案・東京地判令元.12.26判タ1493号176頁

(事案の概要)

 被告会社に有期雇用のプログラマーとして雇用された原告労働者は、①ソースコードの不提出、②勤務時間中の自動車学校への通学、③ICカードの私的利用分に係るチャージ代金の請求、④私物パソコンの業務利用、⑤批判発言の送信を理由に期間途中に普通解雇されました。

 また、原告は,本件普通解雇がされた平成27年11月30日の翌日である同年12月1日に平成28年7月までの賃金の支払を要求し,さらに,平成27年12月2日午前0時12分にソースコードと引換えに4か月分の賃金支払を要求したのに対し,会社は,約10時間後の同日午前10時23分に原告に対して保有する全ソースコードの提出を要求し,それから約3時間後の同日午後1時14分及び午後1時18分において,提出期限をその時点から4時間弱後の同日午後5時00分までと設定し,これを2分超過した同日午後5時2分に、⑥ソースコードの提出と引換えの金銭要求を理由に原告を期間途中に懲戒解雇しました。

 本件は、原告が会社に対して、本件普通解雇及び本件懲戒解雇の無効を主張した、雇用契約上の地位確認等を求めた事案です。

 なお、会社から原告に対する反訴について、ソースコード不提出に係る500万円の損害賠償請求とICカードチャージ代2万7332円の不当利得返還請求が認められています。

(判決の要旨)

1 普通解雇

 ①について、判決は、原告が本件普通解雇以前に本件ソースコードの提出義務を怠っていたものであること,ソースコードが会社の事業存立の基礎となる重要な財産であること,本件ソースコードが平成27年9月8日に発売された商品に組み込まれたバイナリファイルに係るものであり,同商品の修正作業に不可欠のものであったことなどの諸事情に鑑みれば,原告による本件ソースコードの不提出は,職務上の義務を怠ったというべきものであるとしつつ、しかし,会社が原告に対し,本件普通解雇以前に本件ソースコードを提出するように求めたことはないから,少なくとも本件普通解雇の時点では,本件ソースコードの不提出を特段問題視していなかったことがうかがわれ、また,本件普通解雇以前に,本件ソースコードの不提出によって会社に何らかの損害が生じていたなどの事実を認めるに足りる証拠はないとし,①は,本件普通解雇の合理性判断において,大きな意味を持つとまではいえないというべきであるとしました。

 ②について、判決は、そもそも事実自体が認められないとしました。

 ③について、判決は、原告は本件各ICカードの私的利用分を会社に負担させ,会社の財産を私的に費消したものであって,会社に対する背任行為にも当たり得るものであり、原告は,法律上の原因のないことを知りながら上記費消行為に及んだものであって,これを軽視することはできないとしつつ、しかしながら,会社は,原告の日本滞在中における業務上移動の範囲や回数を把握し得る立場にあり,業務上必要な交通費に係るチャージ代金を把握可能であったにもかかわらず,本件訴訟以前は,原告によるチャージ代金の請求について特段精査することなくこれに応じていたのであり,会社による本件各ICカードの管理に必ずしも十分とはいえない面があったことも否定できず、また,会社が原告に対し業務上必要な交通費に係るチャージ代金のみ請求し得る旨明示的に伝えたと認めるに足りる証拠はないことや,会社が業務とは無関係の原告の妻に対しても本件各ICカードを交付したことに鑑みれば,原告が業務外の交通費であっても多少であれば会社への請求が認められると考えて請求に及んだとしても,その責任が重大であるとまではいえないとし、これらの諸事情に加え,会社が返還を請求するチャージ代金は2万7332円であり,必ずしも高額とまでいえないことも併せ考慮すれば,③は,本件普通解雇を基礎付ける事由として大きな意味があるということはできないとしました。

 ④について、判決は、会社は原告による本件私物パソコンの業務利用をどの程度問題視していたのか疑問があり,本件私物パソコンの業務利用が本件普通解雇を基礎付ける事実に当たるとみることはできないとしました。

 ⑤について、判決は、原告は,平成27年11月28日,A社長及び他の従業員複数名が参加する本件スカイプグループ内で,会社について,社会保険がなく,年末年始も祝日も休めず,病気のまま残業をしても残業代が支払われず,このような状況は合理的でないと思う旨のメッセージを送信したところ、残業代不払の事実があったことなどから、原告が会社における労働環境に不満を募らせて同日付けメッセージを送信したことを強く非難することはできないというべきであり,このことは,同メッセージが他の従業員も閲覧可能な状況下で送信されたことを踏まえても異ならないとしました。

 以上より、判決は、本件普通解雇について「やむを得ない事由」(労契法17条)があるということはできないから,本件普通解雇は無効であるとしました。

2 懲戒解雇

 判決は、⑥について、ソフトウェア開発会社である会社にとって,販売予定商品のソースコードは事業存立のための重要な財産であるにもかかわらず,原告は,ソースコードの不提出により会社が損害を被ることを認識した上で,その提出と引換えに金銭の支払を要求したものであるから,会社に対する重大な背信行為に及んだものというべきであり、⑥に該当する上記事実は,本件就業規則所定の懲戒解雇事由に該当するというべきであるとしました。

 しかしながら,判決は、会社がソースコードの提出を要求してから本件懲戒解雇に至るまでの経緯についてみると,電子メールという連絡手段の性質上,原告において会社の上記各メールを受信していたか否か自体も会社において確実には確認できない状況において,わずか4時間弱前に設定した提出期限を2分超過した時点で,電話等の他の手段による連絡を試みることなく,直ちに本件懲戒解雇に及んだことは,あまりにも性急に過ぎるといわざるを得ず、これに加えて,本件普通解雇は無効と判断されるべきものであったのであるから,原告の平成28年7月までの賃金支払要求は,事後的にみれば,無効な本件普通解雇について金銭支払による解決を提案したと評価することもできるものであり,全く不当であるということはできないのに対し,会社は本件懲戒解雇に至るまでの短時間の間,原告の上記賃金支払要求の提案を含め退職条件に関する交渉に何ら応じる態度を示さない状況において,原告がソースコードの提出と引換えに平成28年7月までの賃金よりも少額の4か月分の賃金補填を要求した経緯に鑑みると,原告が本件普通解雇を巡る賃金等の支払の交渉において,会社の交渉に応じない上記態度に対する交渉の手段としてソースコードとの引換えを持ち出したとみることもでき,しかも,原告がこのような要求に及んだのは会社の上記態度に起因する部分もあったものといわざるを得ないとしました。

 以上より,判決は、⑥は,本件就業規則所定の懲戒解雇事由に該当するものの,本件懲戒解雇に至る経緯があまりにも性急に過ぎる点や,同要求に至ったことには会社にも一定の要因があることなどの事情が存在し、①及び③から⑤までについて既に判示したところを考慮すると,①から⑥までの各事由を総合しても,本件懲戒解雇は,やむを得ない事由があるものとは認められず,無効というべきであるとしました。

 もっとも、その後の雇止めは有効とされています。

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