【解雇事件マニュアル】Q59本採用拒否を無効とした近時の裁判例は
1 ライトスタッフ事件・東京地判平24.8.23労判1061号28頁
原告労働者は、保険代理店である被告会社に平成21年11月9日から平成22年2月8日までの3か月間を試用期間として中途採用され、保険外交員として業務に従事していた。
会社は、平成22年1月30日、同月31日をもって本採用を不可とする旨を通知した。会社が主張する解約理由は、①原告は10年近い保険営業の経験があり、とりわけ、ここ5年間は二十数社の乗り合い保険代理店で、税理士・会計士事務所を顧客とするCにおいて保険業務に携わっていたにもかかわらず、潜在的な顧客の数が極端に少なかったばかりか、通常であれば1週間程度で済む研修を3週間も必要とした上、原告は、保険会社の商品設計ソフト数社程度しか使いこなすことができないなど中途採用の保険営業マンとして基本的な知識・営業能力を有しておらず、並外れて保険営業の適性を欠いていた(本件解約理由①)、②原告は、勝手に複雑な通勤経路を設定し、高額な通勤定期券代を請求したり、社員全員が行っている社内清掃について非協力的な姿勢を示したり、あるいは勤務時間中に会社のパソコンで会社を告発する文書を作成し、職務に専念しないなど協調性に欠け、独断的な勤務態度に終始した(本件解約理由②)、③原告は、心身共に健康状態に問題がない旨の入社誓約書を提出しているにもかかわらず、入社後半月程度しか経たないうちに「心臓がバクバクして夜眠れない」などと体調不良を訴え始め、会社代表者との合意の上とはいえ、1か月以上もの間、診断結果等の報告を一切しないまま休職を続けた挙句、会社に対し、本件試用期間を過ぎても診断書が出るまで休職し続けるかのような電話連絡を行い、復職の意向がないと思われる態度を示した(本件解約理由③)である。
判決は、「解約権の留保の趣旨・目的は、……本来、試用期間が試用労働者に対する実験・観察のための期間であることにかんがみ、当該試用労働者の資質・性格・能力などの適格性について「後日における調査や観察に基づく本採用の最終的決定を留保」することにある。したがって、留保解約権の行使は、通常の解雇の場合と比較し、広い範囲で容認されるものと一応は解されるが、ただ、そうはいっても、上記のような試用労働者の適格性判断は、考慮要素それ自体があまりに抽象的なものであって、常に使用者の趣味・嗜好等に基づく恣意が働くおそれがあるのも事実である。そうだとすると留保解約権の行使は、実験・観察期間としての試用期間の趣旨・目的に照らして通常の解雇に比べ広く認められる余地があるにしても、その範囲はそれほど広いものではなく、解雇権濫用法理の基本的な枠組みを大きく逸脱するような解約権の行使は許されないものと解される。」とした。
そして、本件解約理由①及び本件解約理由②について、就業規則上の解雇事由に当たるとまではいえず本件解約権行使の合理性を根拠付けるものではないとした。
また、本件解約理由③について、原告の対応は、会社との休職合意を一方的に破棄する行為に近いものであって、使用者との信頼関係を失わせるものであるばかりか、社員としての協調性や基本的なコミュニケーション能力にも疑念を生じさせるものであって、就業規則上の解雇事由に当たり、解雇の客観的合理的理由になるとした。
もっとも、社会通念上の相当性の有無は、解約権の留保の趣旨・目的に照らしつつ、①解約理由が重大なレベルに達しているか、②他に解約を回避する手段があるか、そして③労働者の側の宥恕すべき事情の有無・程度を総合考慮することにより決すべきものと解されるとした。
そして、原告の対応の背景には、営業マンとしての能力や受動喫煙等をめぐる代表者と原告との確執、代表者の原告に対する強引な退職勧奨と事務室からの事実上の締め出し行為等が伏在しており、これらの事情が原告から代表者に対する病状報告等適切なコミュニケーションをとる機会を奪い、原告の本件対応を惹起させる原因の一つとなっていたともみることができ、してみると原告の対応それ自体は、原告が保険営業マンとしての資質、能力等に大きな問題を有していることを必ずしも十分に推認させるものではないとした。以上によると、本件解約理由③は、解約事由として重大なレベルに達していたと認めるには十分ではなく、また労働者である原告には宥恕すべき一定の理由も存在していたといわざるを得ず(上記要素①③)、そうすると、本件解約権の行使が正当化されるためには、通常の解雇ほどではないにしても、それ相応の解約回避のための措置が採られていることが必要と解されるところ(要素②)、本件解約権行使は、これを正当化するに足る解約回避のための措置が十分に講じられていなかったものといわざるを得ないとした。
以上より、本件解約権の行使は、解約権の留保の趣旨・目的に照らし、客観的に合理的な理由が認められるものの、社会通念上相当として是認され得る場合には当たらず、したがって、その権利を濫用したものとして、無効であることに帰着するとした。
2 ファニメディック事件・東京地判平25.7.23労判1080号5頁
獣医師である原告労働者は、被告会社に平成23年5月10日から同年11月9日までの6か月を試用期間として中途採用された。会社は、同月4日に、同月9日の試用期間満了をもって雇用契約を終了する旨の意思表示をした。解雇理由は、臨床能力の不足(院内で実施する学科試験の成績が悪い、診療内容に多くの問題がある、カルテの記載に不備が多い、診療件数・再診件数が少ないなど)、同僚との協調性の乏しさ、院内の勉強会への参加の拒否である。
判決は、原告の請求金額のミスは不注意の域を出ず、カルテの記載が不十分だった点も、その後に繰り返されているわけではないから過大に評価すべきではないとした。猫に肝障害の副作用があるために処方を避けるべきとされている薬を処方した点についても、致命的なミスとはいえないとした。院内での学科試験についても、会社内の基準に沿わない場合は減点されていることがうかがわれるから、勉強会を受講できなかった回や、原告の回答が医学的に誤りとまではいえない部分については一定の配慮があってしかるべきであるとした。そして、これらの点にかんがみれば、以上の諸事実をもって、原告が獣医師として能力不足であって改善の余地がないとまでいうことはできないとした。
また、原告が、患畜が多い土日に勤務していないことや、半年の間に勤務場所の異動があったことなどから、診療及び再診件数を能力の判断基準とするのは酷な面があることも否めないとした。
そして、院内勉強会への出席について明確な業務指示を出したとは認めがたい本件において、院内勉強会への出席状況を勤務態度の評価に反映することには抑制的であるべきであるとした。
加えて、協調性の欠如については、具体的な事実関係を認定するに足りる的確な証拠がないとした。
判決は、以上の諸事情を併せ考えれば、本件解雇は、留保解約権の行使としても、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当として是認されうる場合に当たるとはいい難く、留保解約権の濫用として無効というべきであるとした。