【解雇事件マニュアル】Q63契約期間途中の留保解約権の行使を無効とした近時の裁判例は
R&L事件・東京地判令5.12.1労経速2556号23頁
ペルー国籍の原告労働者は、令和3年10月25日、契約期間1年、試用期間3か月の条件で被告会社にプロジェクトマネージャーとして雇用されました。
会社は、同年11月25日、①業務を円滑に遂行するための日本語によるコミュニケーションが取れない(通常の日常会話も理解できない、)、②職務経歴書記載の業務経験内容が、実務上の業務スキルと大きく乖離しており、経験不足が著しい、③会社の業務に対する意欲の欠如、を理由として原告を即日解雇しました。
判決は、本件解雇は有期雇用契約における期間中の解雇であるから労契法17条1項に基づきやむを得ない事由がある場合でなければ解雇できないという原告の主張に対して、本件解雇は留保解約権の行使としてされたと認めるのが相当であるから、原告の上記主張は採用できないとした。この点は、労契法17条1項の適用を排除する理由が不明確であり疑問である。
①日本語によるコミュニケーションが取れないという会社の主張について、判決は、まず、原告が会社に提出した職務経歴書に日本語能力を「中級」と記載したことからすれば、本件雇用契約締結において、原告と会社間で前提とされていた原告の日本語能力は「中級」であったと認められるとした。次に、「中級」の内容が明確に定まっていたとまではいえないが、会社が原告の採用面接時の日本語でのやり取り等を考慮して原告の採用を決定したことからすれば、「中級」とは、少なくとも採用面接時に原告が会社と日本語でやり取りした程度の日本語能力をいい、これを前提に本件雇用契約が締結されたと認めるのが相当であるとした。そして、原告が本件雇用契約締結当日及び令和3年11月25日に原告の妻の名前を漢字で書くことができず、原告の兄が死亡した際に、会社の従業員の「葬式はどこでやるのか。」という質問について、少なくとも質問の意図を理解できなかったとの事実が認められ鵜が、原告の妻の漢字は、画数も多く、相応に難しい漢字であるから、原告が原告の妻の漢字を書くことができなかったことをもって、上記「中級」程度の日本語能力を欠くとは認められず、国によって文化や慣習も異なり得る葬儀に関するやり取りについて、原告が会社の従業員の質問の意図を理解できなかったことをもって、原告が上記「中級」程度の日本語能力を欠くとは認められないとした。また、仮に原告の日本語能力に十分ではない部分があったとしても、原告が、日本語教育研究所の評価する日本語能力を有し、かつ、会社の提供する週1回の日本語教室に通うなどの意欲を示していたことからすれば、上記試用期間3か月のうち約1か月が経過した11月25日の時点で、試用期間が満了する令和4年1月24日の時点においても本件雇用契約で前提とされていた上記「中級」の日本語能力を有さないことが見込まれる状態にあったとは認められないとした。
②原告が日本語能力を偽ったことや、専門的知識を欠き、それに関して採用時に虚偽申告したことは認められず、労働者の資質等を調査するための期間である試用期間3か月のうち約1か月が経過した11月25日の時点で、試用期間が満了する令和4年1月24日の時点においても本件雇用契約において想定されていた専門的知識を欠くことが見込まれる状況にあったとも認められないとした。
③原告は、会社の提供する週1回の日本語教室に参加しており、原告が11月25日の時点で原告の妻の名前を漢字で書けなかったとしても、それが業務に対する意欲の欠如を示すものとはいえず、他に原告の業務に対する意欲が欠如していたことを裏付ける事実が認められないことからすれば、原告の会社の業務に関する意欲が欠如していたとは認められず、労働者の資質等を調査するための期間である試用期間3か月のうち約1か月が経過した11月25日の時点で、令和4年1月24日の時点においても原告の会社の業務に関する意欲の欠如が見込まれる状況にあったとも認められないとした。
以上によれば、原告について「試用期間中又は試用期間終了後において、会社が契約社員として採用するにふさわしくない」(本件雇用契約)ということはできず、本件解雇は、試用期間の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し、社会通念上相当であるとは認められないから、無効であるとした。