【労災】Case613 労働者の特異な行動や私生活上の出来事を考慮しても長時間労働による双極性障害発症の業務起因性が認められた事案・トワード事件・福岡地判令5.2.28労判1332.98
精神障害が発病したとされる以前から労働者に特異な行動が見られた場合でも業務起因性が認められるのでしょうか。本件は、物流センターで長時間労働に従事していた労働者が双極性障害を発症した事案において、労働者の特異な行動や私生活上の出来事を踏まえても、業務起因性と安全配慮義務違反が認められ、使用者への損害賠償請求が認められた事案です。
【事案の概要】
本件は、物流センターで検品作業やフォークリフトによる荷下ろし作業に従事していた原告労働者Xが、過重な長時間労働によって双極性障害を発症したと主張し、使用者である被告Y社に対して損害賠償を求めた事案です。
Xの疾病発症前の時間外労働は、発症前1か月で126時間41分、2か月前で182時間58分、3か月前で100時間55分に及び、特に発症直前の2か月間で月120時間以上、3か月間で月100時間以上という極めて長時間の労働を強いられていました。また、午前3時頃からの深夜帯勤務も多数回行われていました。福岡東労働基準監督署長は、Xの双極性障害について業務起因性を認定し、休業補償給付等の支給決定を行っています。
発症前、Xは、上司から注意された際全身を床につけてうつ伏せで謝罪すること(いわゆる土下寝)や、携帯電話を叩き割ってゴミ箱に捨てることがありました。また、私生活においては、元々発達遅滞の指摘を受けていた三女がADHDの診断を受けるなどの出来事がありました。
【判決の要旨】
⑴ 業務起因性
裁判所は、Xの長時間労働による心理的負荷が精神障害を発症させる程度に強いものであり、Y社における業務がXに本件疾病を発症させるに足りる強い心理的負荷を与える過重労働であったと認め、業務起因性を肯定しました。
⑵ 安全配慮義務違反
裁判所は、Y社が使用者として適切な人員体制の整備や業務量の調整を行い、Xに過重な業務を行わせることのないよう労働環境を整備すべき注意義務を負っていたとしました。Y社はXの労働時間を把握できたにもかかわらず、極めて長時間の労働に従事させており、この義務を怠ったものと認められるため、Y社には不法行為を構成する注意義務違反があったと判断されました。
土下寝や携帯電話を叩き割るなどの出来事はY社における相当程度の長時間労働の後であることから、Xが元々双極性障害であったとはいえないとしました。
また、私生活上の出来事によって本件疾患を発症したとも認められないとしました。
⑶ 損害賠償
Y社に対し、3468万8046円およびこれに対する遅延損害金の支払いが命じられました。損害の内訳には、休業損害、傷害慰謝料、後遺障害逸失利益(後遺障害等級9級)、後遺障害慰謝料が含まれています。
⑷ 素因減額または過失相殺
Y社は素因減額及び過失相殺を主張しました。裁判所は、Xに本件疾病発症の要因となり得る具体的状況は見当たらず、医師らが指摘する双極性障害発症の素因についても、過重労働が精神障害を発症させるに十分な過重労働であったことを踏まえると、素因減額の要素とすることは相当でないと判断し、またXの過失も認められないとして、いずれの主張も採用されませんでした。
※控訴後和解