Case266 退職勧奨が不法行為に該当する評価基準を示した最高裁判例・下関商業高校事件・最判昭55.7.10労判345.20【百選10版69】

(事案の概要)

 原告労働者らは、被告市教育委員会が設置する高校の教員でした。

 委員会は、教員の新陳代謝をはかり適正な年齢構成を維持するために、高年齢教員を対象に退職勧奨を実施してきました。

 原告Aは昭和40年度から、原告Bは昭和41年度から毎年退職勧奨を受けていましたが、これに応じませんでした。

 昭和44年度、委員会は職務命令として原告らに出頭を命じ、約3~5か月間の間に十数回、短いときは20分、長いときは2時間15分にわたって退職勧奨を行い、その際に被告教育次長らは「あなたが辞めたら2,3人は雇えますよ」「組合が要求している定員の大幅増もあなた方がいるからできませんよ」「とにかく勧奨はしますよ。いつまでかかろうと、何日かかろうと了解してもらえるまで」などの発言をしました。

 また、委員会は、原告らが求める組合の立ち合いを認めなかったり、原告らの退職問題が解決するまで組合の団体交渉に応じないとの態度をとったりしました。

 本件は、原告らが、本件退職勧奨に対する慰謝料を求めた事案です。

(判決の要旨)

 判決は、被勧奨者の任意の意思形成を妨げ、あるいは名誉感情を害するような勧奨行為は違法な権利侵害として不法行為を構成する場合があるとしました。

 そして、勧奨の回数及び期間について、退職を求める事情等の説明や交渉に通常必要な限度に留められるべきであり、ことさらに多数回あるいは長期にわたり勧奨が行われることは、違法性の判断の重要な要素となるとしました。

 また、退職勧奨は、被勧奨者の家庭の状況等私事にわたることが多く、被勧奨者の名誉感情を害することのないよう十分な配慮がなされるべきであり、被勧奨者に精神的苦痛を与えるなど自由な意思決定を妨げるような言動は許されないとしました。

 このほか、被勧奨者が希望する立会人を認めたか否か、勧奨者の数、優遇措置の有無等を総合的に勘案し、全体として被勧奨者の自由な意思決定が妨げられる状況であったか否かが、その勧奨行為の適法、違法を評価する基準となるとしました。

 そのうえで、本件退職勧奨はその本来の目的である被勧奨者の自発的な退職意思の形成を慫慂する限度を超え、心理的圧力を加えて退職を強要した違法なものであるとして、原告らの請求を認めました。

Follow me!