Case115 退職金債権放棄の意思表示は、それが労働者の自由な意思に基づくことが明確である必要があるとした最高裁判例・シンガー・ソーイング・メシーン・カムパニー事件・最判昭48.1.19労判289.203

(事案の概要)

 被告会社に勤務していた原告労働者は、就業規則上約400万円の退職金債権を有していましたが、「原告は会社に対し、いかなる性質の請求権をも有しないことを確認する」との本件書面に署名して会社を合意退職しました。

 本件は、原告が、退職金債権放棄を否認し、仮に放棄したとしても錯誤により無効であると主張して、退職金の支払いを求めた事案です。

(判決の要旨)

1審判決

 1審は、原告の錯誤の主張を認め、請求を認容しました。

控訴審判決

 控訴審は、本件書面が作成されたのは、原告が競合他社に就職することが判明しており、また原告在職中の旅費等経費面で幾多の疑惑が持たれており、その損害の一部に充当する趣旨であったと認定し、原告は退職金請求権を有効に放棄したとして、請求を棄却しました。

 原告は、退職金請求権の放棄は、労基法24条1項が定める全額払い原則・相殺禁止を潜脱するものであり無効と主張しました。

 しかし、控訴審は、労働者の完全な自由意思による賃金請求権による相殺は、労基法24条1項で必ずしも禁止されていないとしたうえ、労働者の在職中の相殺契約は事実上労働者の自由意思が抑圧されて結ばれる可能性が強いから、労働者保護のためその効力を否定しなければならないであろうが、労働者が従業員の地位を失った後またはその地位を離脱するに際して、使用者との間に賃金による相殺の合意をする場合には、その合意が労働者の抑圧された意思によるということは考えられないとして、本件書面による退職金債権放棄を有効としました。

上告審判決

 最高裁は、労基法24条1項の全額払い原則の趣旨に鑑みれば、退職金債権を放棄する旨の意思表示の効力を肯定するには、それが労働者の自由な意思に基づくものであることが明確でなければならないとしましたが、控訴審が認定した事実から、原告の退職金放棄の意思表示は、原告の自由な意思に基づくものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在していたとして、その効力を認めました。

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