Case174 過労自殺について会社の安全配慮義務違反を認め労働者の性格や態様等を理由とする過失相殺を否定した最高裁判例・電通事件・最判平12.3.24労判779.13【百選10版49】
(事案の概要)
本件労働者は、被告会社に新卒入社してから恒常的に長時間の残業を行い、帰宅しない日も多くなりました。
上司は、本件労働者に対して、帰宅してきちんと睡眠をとり、必要であれば翌朝早く出勤するよう指導しましたが、その後も業務量の調整は行われず、かえって業務量は増加していきました。
本件労働者は、スポーツが得意で明朗快活、責任感があり、やや完璧主義な性格でしたが、しだいに元気がなくなり、上司に自信がない、眠れないなどと述べるようになり、入社から約1年後に自殺しました。
本件は、本件労働者の両親である原告らが、本件労働者が長時間労働によりうつ病にり患し自殺に追い込まれたとして、会社に対して損害賠償請求した事案です。
(判決の要旨)
一審判決
一審は会社の損害賠償責任を認めました。
控訴審判決
控訴審も会社の責任を認めましたが、①本件労働者のうつ病親和性ないし病前性格、②本件労働者が労働時間を過少申告していたことや時間の適切な使用方法を誤り深夜労働を続けたこと、③精神科の受診や休暇取得を怠ったこと、④原告らが本件労働者の勤務状況等をほぼ把握しながら改善のための具体的措置をとらなかったこと、を理由に民法722条2項類推適用により3割の過失相殺を行いました。
上告審判決
1 安全配慮義務の内容
最高裁は、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負い、使用者に代わって労働者に対し業務上の指導監督を行う権限を有する者は、使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきであるとしたうえ、会社の上司は本件労働者が恒常的に長時間労働をし、健康状態が悪化していることを認識しながら、その負担を軽減する措置をとらなかったことにつき過失があるとして、会社の使用者責任を認めた控訴審の判断を正当としました。
2 過失相殺について
最高裁は、ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り、その性格およびこれに基づく業務遂行の態度等が業務の過重負担に起因して当該労働者に生じた損害の発生又は拡大に寄与したとしても、その事態は使用者として予想すべきものであり、しかも、使用者らは各労働者がその従事すべき業務に適するか否かを判断して、その配置先、遂行すべき業務の内容等を決める際に各労働者の性格をも考慮することができるのであるから、労働者の性格が前記の範囲を外れるものでない場合には、裁判所は、業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するに当たり、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を、心因的要因として斟酌することはできないとし、本件労働者の性格や態様を理由とする過失相殺を否定しました。
また、本件労働者は独立した社会人であり、両親として同居していたとはいえ、原告らが本件労働者の勤務状況を改善できる立場にあったとは容易にいえないとして、原告らの不作為を理由とする過失相殺も否定しました。