Case419 使用者による年休の時季変更権の行使が違法になる場合を示しつつ本件では適法であるとした事案・JR東海(年休)事件・東京高判令6.2.28労判1311.5
(事案の概要)
本件は、電車の運転士をしていた原告労働者らが、年次有給休暇(年休)の申請をしたのに対して、被告会社に時季変更権を行使されて就労を命じられたことにつき、会社の時季変更権の行使は違法であるとして、会社に対して債務不履行に基づき慰謝料等の支払いを求めた事案です。
会社では、運転士が年休を取得する際は、前月20日までに年休申込簿で届け出るものとされていました。これに対して、会社が前月25日に運転士らの勤務指定表を発表し、これをもって就労義務がある日及び年休取得日が確定されていました。もっとも、臨時列車等を主に担当する予備担当乗務員については、勤務日の5日前に発表される日別勤務指定表にて具体的な勤務予定(年休取得の可否)が確定されていました。
(判決の要旨)
1審・東京地判令5.3.27労判1288.18
判決は、年休申込簿での届け出をもって、年休の時季指定権の行使があり、勤務指定表の発表によって当該年休使用日が就労義務がある日として確定して初めて時季指定権の効力が発生するとしました。
そして、使用者は、労働者に対し、時季変更権を行使するに当たり、労働契約に付随する義務(債務)として、事業の正常な運営を妨げる事由の存否を判断するのに必要な合理的期間内に、かつ、遅くとも労働者が時季指定した日の相当期間前までにこれを行使するなど労働者の円滑な年休取得を著しく妨げることのないように配慮すべき義務(債務)を負っているとし、この判断に当たっては、具体的には、労働者の担当業務、能力、経験及び職位等並びに使用者の規模、業種、業態、代替要員の確保可能性、使用者における時季変更権行使の実情及びその要因といった時季変更権の行使に至るまでの諸般の事情を総合考慮して判断するのが相当であるとしました。
そのうえでは、本件では原告らによる時季指定権の行使から、会社による時季変更権の行使の有無が判明するまでに相当期間を要することがあり、その間原告らは年休を取得できるか否かが未確定のままとされること、このような対応は、臨時列車等の運行の可能性という専ら会社の経営上の必要性に基づくものであること、時季変更権行使の要否の判断が各日の5日前であることが、事業の正常な運営を妨げる事由を判断するのに当然に必要な合理的期間であるとはいえないことから、会社による日別勤務指定表による時季変更権行使は、過失により労働契約上の義務を怠ったものであるとし債務不履行を認めました。
また、判決は、使用者による時季変更権の行使は、他の時季に年休を与える可能性が存在していることが前提となっていることに照らせば、使用者が恒常的な要員不足状態に陥っており、常時、代替要員の確保が困難な状況にある場合には、使用者による時季変更権の行使は許されないとして、その意味でも会社の時季変更権の行使が債務不履行に当たるとしました。
そして、原告らについて、各人3万円~20万円の慰謝料を認めました。
控訴審判決
控訴審も、使用者が、事業の正常な運営を妨げる事由の存否を判断するのに必要な合理的期間を超えて、不当に遅延して行った時季変更権の行使については、労働者の円滑な年休取得を合理的な理由なく妨げるものとして信義則違反又は権利濫用により無効になる余地があるとし、使用者が無効な時季変更権の行使によって労働者が年休を取得できなかった場合、使用者は労働者に対し、労働契約上の債務不履行責任を負うことになるとしました。
もっとも、控訴審は、原告らが従事していた東海道新幹線の運行という事業の性格やその内容、原告らの業務の性質、時季変更権の行使の必要性、原告らの被る不利益等を考慮すると、会社が勤務日の5日前に時季変更権を行使したことについては、事業の正常な運営を妨げる事由の存否を判断するのに必要な合理的期間を超えてされたものということはできないとし、一審判決を変更し原告らの請求を棄却しました。
また、使用者による時季変更権の行使は、他の時季に年休を与える可能性が存在していることが前提となっているものと解されることを踏まえると、使用者が恒常的な要員不足に陥っており、常時、代替要員の確保が困難状況にある場合には、たとえ労働者が年休を取得することにより事業の運営に支障が生じるとしても、それは労基法39条5項ただし書にいう「事業の正常な運営を妨げる場合」に当たらず、そのような使用者による時季変更権の行使許されないものと解するのが相当であり、使用者の無効な時季変更権の行使によって労働者が年休を取得できなかった場合、使用者は労働者に対し、労働契約上の債務不履行責任を負うことになるとしつつ、本件では会社が恒常的な要員不足の状態に陥っていたとはいえないとしました。
※上告・上告受理申立