Case569 使用者の労働者に対する退職妨害、社宅の鍵の返還強要及び虚偽の支払督促申立てが違法とされた事案・リンクスタッフほか事件・東京地判令6.2.28労判1322.31

(事案の概要)

 バングラデシュ国籍の原告労働者は、被告会社のバングラデシュ国内事務所において勤務する傍ら、約1年間会社の費用負担で日本語教育を受けた後、最低3年間勤務するよう努めることを口頭で約束したうえ、会社と本件雇用契約を締結し、令和2年3月頃に来日して会社の東京本社でシステムエンジニアとして勤務していましたが、令和3年5月末をもって退職しました。

 原告が会社に退職届を提出したところ、原告は令和3年5月21日に会社従業員から呼び出され、5時間もの間、退職や欠勤を強行した場合には原告や原告の両親等に対し500万円の損害賠償性を請求する旨の本件通知書を提示し、本件受領書へ署名するよう繰り返し求められました。また、同日、原告は会社従業員から社員寮の鍵を返還するよう強く求められ、これを返還しました。

 後日、会社は、原告に対して3度の減給処分をしたり、10万円の支払を求める内容虚偽の支払督促申立てをしたりしました。

 本件は、原告が会社及び被告代表者に対して、①退職妨害及び社宅の鍵の返還強要、並びに②虚偽の支払督促に対する損害賠償請求をした事案です。原告は、その他にも3度の減給処分の無効(いずれも無効と判断されています。)や家具架電購入費の相殺合意の無効(無効と判断されています。)を理由とする賃金請求などもしています。

(判決の要旨)

1 退職妨害及び社宅の鍵の返還強要について

 判決は、使用者は、その雇用する労働者から退職の意思表示がされた場合であっても、社会通念上相当な方法により、当該労働者に慰留を求めることは許されるが、暴行、強迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段を用いるなどした場合には、労働者の退職の自由を不当に制限し、人格権を侵害するものとして違法となり得ると解されるとしました。

 そして、会社が原告に対し約5時間にわたり繰り返し本件通知書の受領及び本件受領書へのサインを求めた行為は、原告に対し、原告が当初希望した退職日に退職した場合には、原告及び両親等に対し、合理的な根拠のない高額の損害賠償請求をすることを示し、退職を翻意させようとするおそれがある不相当な手段であったとして、これを違法としました。

 また、会社従業員が原告に対し社宅の鍵を返還させた行為は、原告の社宅の利用権を侵害するものであり、違法としました。

 そして、会社に対しては不法行為又は使用者責任、代表者に対しては会社法429条1項に基づき、社宅の鍵を返還したことで生じたホテルの宿泊費用及び慰謝料15万円等の損害賠償を命じました。

2 虚偽の支払督促について

 判決は、支払督促の申立てが債務者に対する違法な行為といえるのは、当該申立てにおいて債権者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、債権者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて申立てをしたなど、支払督促の申立てが裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当であるとしました。

 そして、会社は、実際には原告が業務上必要な物品の購入費用として交付した10万円を返却しないという事実は存在しないことを認識しており、本件支払督促申立てにおいて主張した権利が事実的、法律的根拠を欠くものであることを認識していたとして、本件支払督促申立てを違法とし、会社に対しては不法行為又は使用者責任、代表者に対しては会社法429条1項に基づき、慰謝料10万円等の損害賠償を命じました。

※確定

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