【労災】Case621 うつ病にり患している労働者に対して上司が心理的負荷を与える言動をしないようにすべき注意義務の違反が認められた事案・食品会社A社(障害者雇用枠採用社員)事件・札幌地判令元.6.19労判1209.64
【事案の概要】
本件は、被告Y社に障害者雇用枠で採用されY社の工場で事務をしていた労働者Kが自殺したことについて、Kの母である原告Xが、Kの上司であったDの発言およびY社がKの要望に応じて業務量を増加させなかったことなどが原因でKが強い心理的負荷を受けうつ病の程度を悪化させたとして、Y社に対し不法行為(使用者責任)または安全配慮義務違反に基づき損害賠償請求した事案です。
Kは平成24年11月の勤務開始以前からうつ病に罹患し、障害等級3級の認定を受けており、上司Dもそのことを認識していました。
Kは平成25年4月には、Dに対して泣きながら「仕事が少なくて辛い。このままでは病気を再発してしまいそうだ。」という旨を述べました。これに対してDは、Kの雇用は「障害者の雇用率を達成するため」であるという発言(本件発言)をしました。
Kの相談を受けたNPO法人がDにKの状況を伝えたところ、Dは、工場長などと話し合い、Kの座席を生産管理班に移して、Kに生産管理班の業務も担当してもらうこと、装置技術係の係内会議にも出席してもらうこととしたうえ、生産管理班の従業員に対し、Kに業務の補助をしてもらうよう依頼しました。
しかしその後もKの不満は解消せず、Kは平成25年7月から8月まで欠勤し、9月に勤務を再開した後に自殺しました。
【判決の要旨】
判決は、「亡Kのようにうつ病を発症している者は、心理的負荷に対する脆弱性が高まっており、ささいな心理的負荷にも過大に反応する傾向があること、Kの上司であったDは、Kが被告Y社に雇用される前の時点において、Kがうつ病にり患していることを認識していたことからすれば、Kに対する安全配慮義務の一内容として、業務上、Kがうつ病にり患している者であることを前提に、心理的負荷を与える言動をしないようにすべき注意義務を負う」としました。そして、Dは、Kの相談内容から、Kが無価値感を感じ、悲観的思考に陥っていたことを認識し、かつ、本件発言が、そのような状態にあるKに悪影響を与えることを認識し得たのに、本件発言をしたということができるから、Dには、注意義務違反があったと認定しました。
また、業務量を増やさなかったことについては、「一般に、使用者側は、雇用する労働者の配置および業務の割当て等について、業務上の合理性に基づく裁量権を有するが、労働者に労務提供の意思および能力があるにもかかわらず、使用者が業務を与えず、またはその地位、能力および経験に照らして、これらとかけ離れた程度の低い業務にしか従事させない状態を継続させることは、業務上の合理性がなければ許されない」「程度の低い業務にしか従事させない状態の継続は、当該労働者に対し、自らが使用者から必要とされていないという無力感を与え、他の労働者との関係においても劣等感や恥辱感を生じさせる危険性が高いといえ、上記の状態に置かれた期間および具体的な状況等次第で、労働者に心理的負荷を与えることは十分あり得る」と一般論を述べましたが、DがKの申告を放置することなく速やかに具体的な解決策を実行していたとして、注意義務違反を否定しました。
そして、Dの注意義務違反(本件発言)の心理的負荷が継続していたとはいえないとして、Dの注意義務違反とKのうつ病悪化との間の因果関係を否定し、Xの請求を棄却しました。
※控訴