Case557 求人票記載の基本給の合意を認め求人詐欺を訴える労働者に不利益を課す目的の配転命令が違法であるとした事案・足利セラミックラボラトリー事件・仙台高判令5.11.30労判1318.71
(事案の概要)
原告労働者は、被告会社の歯科技工士の求人票を見て、会社の採用試験に応募しました。求人票の「賃金」欄には、基本給与17万円、出勤奨励手当5500円、精勤手当5000円の合計18万5000円、「時間外手当」欄には時給750~1500円との記載がありました。雇用契約書は作成されませんでした。
しかし、基本給17万円に固定残業代3万7000円が含まれるとの説明や書面がないのに、会社は原告に対して、一方的に基本給13万3000円、超過勤務手当3万7000円として給与を支払っていました。また、会社は1年単位の変形労働時間制を主張していました。
原告は、群馬県の本社で歯科技工士として勤務していましたが、会社は、求人詐欺を主張する原告に対して仙台事業所への配転を命じました。さらに、会社代表者は、原告に対して、会社の主張に沿った雇用契約書に署名しなければ雇用契約自体がなくなるなどと述べて雇用契約書への署名を求め、これを拒否した原告に仕事を与えないよう命じたうえ、原告を歯科技工士から営業職へ配置転換しました。
本件は、原告が会社に対して、固定残業代や変形労働時間制の無効を主張して、差額基本給や残業代を請求するとともに、違法な配転命令等が不法行為に当たるとして損害賠償請求した事案です。
会社は、差額基本給や残業代について一部消滅時効の主張をし、消滅時効の援用が許されるのかも争点となりました。
(判決の要旨)
1 固定残業代
判決は、求人票に基本給17万円と書かれていること、基本給17万円に固定残業代3万7000円が含まれるとの説明や書面がないことから、基本給17万円とする合意があったとして、基本給17万円に固定残業代が含まれるという会社の主張は排斥されました。もっとも、超過勤務手当は基本給とは別の残業代として支払われていたとしました。
2 1年単位の変形労働時間制
変形労働時間制について、平成29年の労使協定は社員Cが過半数代表者として締結しているものの、適式な過半数代表者の選出がされていないこと、平成30年は労使協定自体も存在しないことから、変形労働時間制を無効としました。
3 消滅時効の援用
判決は、会社の求人、採用と給与支払の方法やこれに基づく労働契約の内容についての欺瞞的な主張は、原告のような社会的に未熟な労働者を騙して労働者を安い給料で働かせようとしたものと評価するほかないとしました。また、会社は、顧問社労士を使って原告に対して会社の主張を暗黙のうちに承認させようと説得を試みたり、代表者が原告に対して会社の主張に沿った雇用契約書に署名しないと勤務できなくなると脅したりして会社の主張を追認させようとするなど、原告の権利行使を妨げてきたとして、会社が消滅時効を援用して権利の消滅を主張することは、労働契約上の信義に反し、権利の濫用に当たり許されないとしました。
4 損害賠償請求
判決は、雇用条件を不利益に変更する内容の雇用契約書を作成させようとして社長が強迫的な言動をした上、仕事をさせないよう指示したことが違法な権利侵害になるばかりでなく、仙台事業所への配転も営業職への配置転換も、会社の雇用条件に正当な不服を述べる原告を本社から排除した上、雇用条件を不利益に変更する内容の雇用契約書を作成させようとした社長の不当な要求を拒否するという正当な行為をしたことに不利益を課するという不当な動機・目的の下に、業務上の必要性もないのに行われたものと認めざるを得ず、労働者の配置の決定についての使用者の権利を濫用し、違法に原告の権利を侵害したものと認めるのが相当であるとして、慰謝料100万円を認めました。
※上告不受理により確定