Case564 外国人労働者のパスポートを管理し返還しなかったことが公序良俗に反し違法とされるなどした事案・アドバンスコンサル行政書士事務所事件・横浜地判令6.4.25労判1319.104
弁護士鈴木悠太（事案の概要）
原告労働者の本訴に対して、被告行政書士が反訴した事案です。
１．本訴事件
フィリピン人女性である原告は、留学ビザで来日し、平成３１年３月、被告との間で、原告の在留資格を「技術・人文知識・国際業務」（技人国ビザ）に変更する手続を行う本件委任契約（着手金１０万円・残金４０万円、ただしビザ変更時から１年間、原告が被告事業で継続勤務し、勤務態度良好と被告が判断した場合は支払いを免除する）を締結しました。
また、原告と被告は、令和元年５月、①アルバイト労働契約、➁パスポート管理契約（原告のパスポートを被告が管理する契約）、③物品管理契約（原告の学位記等を被告が管理する契約）、③携帯電話使用契約、④秘密保持契約、⑤契約社員労働契約（技人国ビザ変更時点から契約社員といて勤務する契約）を締結しました。原告は同年７月に技人国ビザを取得し契約社員となりました。
原告は、同月、労働組合を通じて被告に対して退職する旨を伝え、パスポート返還を求めましたが、被告は令和２年８月までこれに応じず、原告はパスポートの再発行手続きをしました。
原告は、被告に対して、パスポート等を預けることを強要され、被告が返還に応じなかったことが違法であるとして慰謝料等を請求しました。
２．反訴事件
被告は、原告に対し、①原告が記者会見を行い、被告が居住するマンションに被告を非難するビラを配布し、ウェブサイト上に被告に関する記事を掲載したこと等に対する名誉毀損やプライバシー侵害等を理由とする慰謝料及び謝罪広告、➁携帯電話を返還しなかったことに対する約定違約金等、③委任契約に基づくビザ申請の行政書士費用残金４０万円等、④団体交渉において労働組合の関係者らが脅迫行為を行ったこと等についての慰謝料等、⑤秘密保持契約の債務不履行に基づく約定違約金等、⑥労働契約の債務不履行に基づく損害賠償請求等を求めて反訴しました。
（判決の要旨）
１．本訴事件
判決は、パスポートは外国人にとって重要書類であり、その管理を第三者が行うことは外国人の出国の自由を制約するものであること等から、パスポートの管理は、所有者の自発的な自由意思に基づいて預り、保管を開始することが必要であり、その場合でも、所有者が返還を求めた場合には直ちに返還される必要があるというべきであって、返還に条件を付したり、保管者の裁量に基づく許可制としたりすることなどは、公序良俗に反し許されないとしたうえ、本件のパスポート管理契約は、外国人労働者の移動の自由を制限するものであって、公序良俗に反するとしました。
そして、被告がパスポート管理契約の条項を根拠にパスポートの返還を拒んだことは不法行為に該当するとして、被告に対して慰謝料２０万円及び再発行費用２万６０００円の支払いを命じました。
２．反訴事件
①名誉毀損
判決は、記者会見における原告自身の発言の一部は被告の社会的評価を低下させるものであるが、真実性が認められるなどとして違法性が阻却されるとしました。記者会見における労働組合や代理人弁護士の発言については、原告は責任を負わないとしました。
またビラ配布等についても、表現の基礎となる事実が真実であることや、被告の居住するマンションが原告ら従業員が勤務する営業所ともなっていたこと、住民に直接接触する方法で組合活動がされていないことなどから、正当な組合活動として社会通念上許容される範囲内のものであり、違法性が阻却されるとしました。
➁携帯電話を返還しなかったことに対する約定違約金
原告被告間の携帯電話使用契約には、返還義務違反について１日１万円の違約金の定めがありました。原告は、被告から携帯電話の返還を求められ５０日間返還しませんでした。
判決は、携帯電話使用契約の違約金の定めについては、携帯電話の横領等、不正行為を防止するといった違約金を定める趣旨を踏まえ、被告に通常生じ得る損害である１０万円を上限とすべきであって、それを超える支払義務を課す違約条項については、その範囲で公序良俗に反するとし、１０万円の違約金のみ認めました。
③委任契約に基づく残金請求
判決は、本件委任契約のうち、着手金を除く４０万円の報酬については、当事者間の合理的意思解釈としても、その実質は、被告が、原告に対し、本件事務所で１年間就労し、勤務態度を良好に保つことを求めることを目的に、これらに違反した場合に生じる本件労働契約の違約金の支払義務を定めた趣旨であると解するのが相当であって、労基法１６条に反し無効であるとし、被告の請求を棄却しました。
④その他
その他の被告の請求も棄却しました。
※控訴
