【解雇事件マニュアル】Q64契約期間途中の留保解約権の行使を有効とした近時の裁判例は

1 リーディング証券事件・東京地判平25.1.31労経速2180号3頁

 韓国人女性である原告労働者は、雇用期間を平成23年1月11日から同年12月31日まで、試用期間を6か月間、月次給与45万8400円、課長職の証券アナリストとして被告会社に中途採用された。

 被告は、採用面接に当たって、原告に対して日本語を用いて韓国企業の證券アナリストレポートを作成するよう求め、原告はこれに応じて本件サンスン電子レポートを提出した。被告は、本件サンスン電子レポートからうかがわれるような、いわゆるネイティブレベルの日本語力でもって、証券アナリストレポートを作成することが可能な能力を有する即戦力の従業員(専門職)として原告を採用した上、実際にアナリストレポートの原案を作成させてみたところ、(ア)その出来映えは良くなく、原告の日本語能力は、実際には、当初、被告が期待した上記レベルには遠く及ばないものであることが判明したばかりか、(イ)原告が、採用を決定付けた本件サンスン電子レポートの作成に当たって日本人である夫にその文章を見て貰っていたことを秘匿していた事実が明らかになった。そのため、被告は、同年3月29日、原告を即日解雇した。

 判決は、有期雇用契約に付された試用期間の有効性について、「労働契約期間は、労働者にとって雇用保障的な意義が認められ、かつ、今日ではその強行法規性が確立していること(以下これを「強行法規的雇用保障性」ともいう。)にかんがみると、上記のような有期労働契約における試用期間の定めは、契約期間の強行法規的雇用保障性に抵触しない範囲で許容されるものというべきであり、当該労働者の従業員としての適格性を判断するのに必要かつ合理的な期間を定める限度で有効と解するのが相当である。」としたうえ、「本件試用期間の定めは、雇用期間(1年間)の半分に相当する6か月間もの期間を定めており、それ自体、試用期間の定めとしては、かなり長い部類に属する上、被告は、日本語に堪能な韓国人証券アナリストとして即戦力となり得ることを期待し、原告を採用したものと認められるところ、原告がそのような意味で即戦力たり得るか否かは、一定の期間を限定して、個別銘柄等につきアナリストレポートを作成、提出させてみれば容易に判明する事柄であって、その判定に要する期間は、多くとも3か月間もあれば十分であると考えられる。そうだとすると本件試用期間の定めのうち本件雇用契約の締結時から3か月間を超える部分は、原告の従業員としての適格性を判断するのに必要かつ合理的な期間を超えるものと認められ、その意味で、上記労働契約期間の有する強行法規的雇用保障性に抵触するものといわざるを得ない。したがって、本件試用期間の定めは、少なくとも原告との関係では、試用期間3か月間の限度で有効と解され、被告は、その期間に限り、原告に対し、留保解約権を行使し得るものというべきである。」とした。

 また、解約留保権の行使に労契法17条1項が適用されるかについて、「有期労働契約における留保解約権の行使は、使用者が、採用決定後の調査により、または試用中の勤務状態等により、当初知ることができず、また知ることが期待できないような事実を知るに至った場合において、そのような事実に照らし、①その者を引き続き当該企業に雇用しておくことが適当でないと判断することが、解約権留保の趣旨、目的に徴して、客観的に相当であること(労契法16条。以下「要件①」という。)に加え、②雇用期間の満了を待つことなく直ちに雇用を終了させざるを得ないような特別の重大な事由が存在するものと認められる場合(労契法17条1項。以下「要件②」という。)に限り適法(有効)となるものと解するのが相当である。」とした。

 そして、上記(ア)及び(イ)の各事実は、「本件雇用契約の締結時において、これを知ることができず、また知ることを期待できないような事実に当たるところ、これらの事実は、原告が被告従業員として適格性に欠け、被告の上記期待に応えることがおよそ不可能な従業員であることをうかがわせるに足るものである上、従業員としての適格性具備の前提(基礎)となる使用者との間の信頼関係を根本から喪失させるものであるということができる。そうだとすると、被告において原告を引き続き雇用しておくことが適当でないものと判断したことは、解約権留保の趣旨、目的に徴して、客観的に相当である上(要件①)、雇用期間の満了を待つことなく直ちに雇用を終了させざるを得ないような特別の重大な事由も存在している(要件②)ものといわざるを得ず、してみると、本件留保解約権の行使は、上記①及び②の要件を満たし、適法(有効)であると解される。」とした。

2 空調服事件・東京高判平28.8.3労判1145号21頁(上告棄却により確定)

 控訴人労働者は、雇用期間を平成27年3月1日から平成28年2月29日まで、試用期間を1か月、業務内容を総務関係業務として、被控訴人会社に中途採用された。

 控訴人は、平成27年3月25日、全社員が参加する会議において、同月27日に経理部長のBが来社することになったが、Bが来社する理由は試算表や総勘定元帳の売上げや仕入れの計上の仕方が違っていて、試算表や決算書が間違っているので、その修正方法などの相談のためである旨の発言をした。被控訴人は、同月27日、控訴人の上記発言を理由に控訴人を同月30日付けで解雇した。

 判決は、「被控訴人が控訴人を雇用したのは,被控訴人における業況の拡大に対応した社内体制構築の一環としてであり,控訴人が社会保険労務士としての資格を有し,経歴からも複数の企業で総務(労務を含む。)及び経理の業務をこなした経験を有することを考慮し,労務管理や経理業務を含む総務関係の業務を担当させる目的であり,人事,財務,労務関係の秘密や機微に触れる情報についての管理や配慮ができる人材であることが前提とされていたものと認められる。ところで,企業にとって決算書などの重要な経理処理に誤りがあるという事態はその存立にも影響を及ぼしかねない重大事であり,仮に担当者において経理処理上の誤りを発見した場合においても,まず,自己の認識について誤解がないかどうか,専門家を含む経理関係者に確認して慎重な検証を行い,自らの認識に誤りがないと確信した場合には,経営陣を含む限定されたメンバーで対処方針を検討するという手順を踏むことが期待される。しかるに,控訴人は,自らの経験のみに基づき,異なる会計処理の許容性についての検討をすることもなく,被控訴人における従来の売掛金等の計上に誤りがあると即断し,上記のような手順を一切踏むことなく,全社員の事務連絡等の情報共有の場に過ぎず,また,Bの来訪日程を告げること(ママ)の関係においても,必要性がないにもかかわらず,突然,決算書に誤りがあるとの発言を行ったものであり,組織的配慮を欠いた自己アピール以外の何物でもない。さらに,上記発言後の控訴人の行動及び原審本人尋問の結果によれば,控訴人において自らの上記発言が不相当なものであることについての自覚は乏しいものと認められる。以上によれば,控訴人のこのような行動は,被控訴人が控訴人に対して期待していた労務管理や経理業務を含む総務関係の業務を担当する従業員としての資質を欠くと判断されてもやむを得ないものであり,かつ,被控訴人としては,控訴人を採用するに当たり事前に承知することができない情報であり,仮に事前に承知していたら,採用することはない労働者の資質に関わる情報というべきである。そうすると,本件解雇には,被控訴人において解約権を行使する客観的な合理的な理由が存在し,社会的に相当であると認められる。」とした。

3 メディカル・ケア・サービス事件・東京地判令2.3.27労経速2425号31頁

 原告労働者は、雇用期間を平成30年7月1日から同年12月31日まで、試用期間を原則3か月間、業務内容を介護・生活援助として、グループホームを経営する被告会社に雇用された。

 被告は、同年9月3日に原告に対し自宅待機を命じ、同月7日に原告を即日解雇した。原告は、入居者や従業員に対して粗暴な言動をし、繰り返し注意・指導を受けていたにもかかわらず、原告を注意した従業員に対し「うるせえ。」「てめえ。」などと怒鳴ったり、壁を激しく叩いたり、施設長の腕を乱暴に掴んでエリアマネージャーに警察に通報されるなどしていた。

 判決は、「原告は、繰り返し、注意や指導を受けたにもかかわらず、入居者の心情に対する配慮に欠け、その意欲や自立心を低下させたり、羞恥心を喚起したりする言動に及んだり、従業員に対する粗暴な言動に及び続けていたということができる。そうすると、被告において、原告に対し、当初は、入居者の介護を行うことが予定されていたにもかかわらず、入居者と直接接する介護の業務を依頼することが困難な状況になっていたと言わざるを得ない。さらに、従業員に対し、身勝手な言動や、他の従業員らに対する威圧的な言動に及び続けるため、原告に対し、入居者とは直接接することがない業務を依頼することも困難な状況になっていた。さらに、本件解雇が試用期間中のものであったことからすれば、本件雇用契約が

 有期であったことを考慮しても、本件解雇にはやむを得ない事由があり、有効であるというべきである。」とした。

4 CoinBest事件・東京地判令3.7.19判例秘書L07630639

 原告労働者は、半月のアルバイトを経て、被告会社と、雇用期間を令和2年7月1日から令和3年6月30日、試用期間を3か月間、仕事内容を内部管理(部長候補)とする雇用契約を締結した。

 被告は、令和2年9月1日、原告に対して、内部管理の専門家として採用したにもかかわらず原告が業務内容を把握していないことなどを理由に、試用期間満了により原告を解雇する旨通知した。

 判決は、「原告は、マネー・ローンダリング研修及び理解度テストについて自力では金融庁のガイドラインに沿うものを作成することが出来ず、実施に至るまで複数回にわたり訴外Aの指導を要する状況であり、また、マネー・ローンダリングに関する作業項目の整理を依頼されても具体的な作業内容をまとめることが出来ず、さらに、内部管理部として原告自身が今後行う業務の実施方法等をまとめるよう指示されても極めて簡単なものを作成するにとどまり、加えて、リーガルチェックにおいても誤りの見落としがあり、また、事務過誤・事故等発生時の報告マニュアルについても自力では十分な内容のものを作成できず、情報セキュリティの自主点検については複雑困難な内容ではなかったにもかかわらず最初の指示から実施までに相当の期間が経過した上相当な方法で実施することができず、居眠りもしていたというのであるから、原告は、被告が原告に対して求めた業務について、いずれも完成度が低く何度も修正を行う必要があるなど、内部管理部の担当部長として被告が期待していた程度の即戦力としての業務をこなすことが出来ない状態にあり、さらに勤務態度にも問題があったことが認められる。そうすると、原告には、法務、コンプライアンスやマネー・ローンダリングに関する業務も取り扱う被告の内部管理部において、即戦力として実務を遂行することができ、将来は同部の担当部長や部長などの管理職として勤務していく能力や資質が不足していたというべきである。」「原告は、アルバイトとしての勤務中から本件労働契約の試用期間における勤務中を通じて、様々な業務について、訴外Aから、内部管理部がやるべき業務についての理解が不十分であり、成果物の内容が具体性に欠けるなど不十分であることや、何もかも言われたとおりにやるだけでは不十分である旨の指摘を受けており、また、……原告は、被告代表者ないし訴外Aから、そのような能力不足及び居眠りについて指摘を受け、その改善を求められたにもかかわらず、自分に能力不足等はなく現状で十分であり、改善の必要はない旨を述べていたというのであるから、原告が、訴外Aらの指導を真摯に受け止めず、能力向上に向けた改善の意思がない姿勢を示していたことが認められ、仮に、被告が今後も原告の雇用を続け、指導を続けても改善の余地はないことが明らかであったといえる。」「以上のとおり、原告は、本件労働契約において求められていた能力と異なり、実際には、法務、コンプライアンスやマネー・ローンダリングに関する業務も取り扱う被告の内部管理部において、即戦力として実務を遂行することができ、将来は同部の担当部長や部長などの管理職として勤務していく能力や資質が不足しており、その点指摘されても能力向上に向けた改善意欲が欠如しており今後とも改善を図ることは困難であったことが認められる……。そして、仮に、被告が本件解雇をせずに原告の雇用を継続した場合には、原告が能力向上に向けた改善の意思を有していない以上、指導教育を相当期間続けても、原告が被告の要求水準に到達する可能性はおよそないに等しいにもかかわらず、本件労働契約の期間が満了するまでの残り9か月もの間、被告が内部管理部に関する業務を円滑に問題なく進めるためには、本件労働契約締結時には想定していなかった原告への指導教育を、……限られた人員の中で、引き続き相当の手間をかけて行っていかなければならないことが想定され、また、それにもかかわらず、本採用となる場合には、原告を内部管理部の担当部長とし、約6万円増額した月給(基本給)を支払わなければならないこととなる。そうすると、本件労働契約の期間満了を待つことなく、試用期間満了時に直ちに雇用を終了させざるを得ないような特別な事情もあるといえる。これらの点を総合考慮すると、本件解雇には客観的に合理的な理由が存在し、社会通念上相当と認められ、労働契約法17条の「やむを得ない事由」も認められるというべきである。」とした。

5 東京高判令5.4.5判タ1516.88

 控訴人労働者は、雇用期間を令和元年10月14日から1年間、試用期間を3か月間として、被控訴人会社に事務として雇用された。

 被控訴人は、「書類の間違いが多く、見直しをするよう複数回に渡って指導するも改善がみられないこと。また、社長及び上長に対して不遜な態度が度々みられること。」を理由に、令和元年12月25日付けで控訴人を解雇した

 判決は、「有期労働契約における解雇は,労働契約法17条1項の「やむを得ない事由」がある場合にのみ許されるところ,本件は,有期労働契約に設けられた試用期間中の解雇(留保解約権の行使)であるから,試用期間経過後の留保解約権の行使が認められる客観的に合理的な理由が存在し,社会通念上相当として是認され得るという上記の基準に加え,有期労働契約における解雇に要求される上記「やむを得ない事由」があることをも要するものと解される。ただし,本件で試用期間が設けられた(解約権が留保された)趣旨にも鑑み,また,試用期間中の解雇ではあるものの,上記「やむを得ない事由」の存否の判断は若干緩やかに行うことが相当である。」とした。

 そして、「被控訴人は事務職員の1人が定年を迎えたために新たな事務職員の募集をし,控訴人がこれに応じて「事務の経験は3年程,電話応対や契約書類の作成,請求書の作成などをさせていただいていました。」などと記載した履歴書を提出したのであって,被控訴人としては,控訴人に「契約書類の作成」等の能力があるとの合理的な期待を持って,文書作成業務を中心とする業務を行わせる目的で,令和元年10月14日に控訴人を事務職員として採用したものである。」としたうえ、「控訴人は,小口精算帳簿へのデータ入力や,見積書の作成(原案の転記)といった,比較的単純な文書作成業務においても,多くの誤記や記入漏れ,二重計上等を生じさせたものであり,この中には、……一見して表紙に誤りがあることに当然気付くものも含まれている。しかも,これらの誤記等に対し,Cは赤字で訂正を入れており,これに加えて口頭でも説明するなどの適宜の対応をしていたことが認められるところ,その後も控訴人は同様の誤記等を繰り返したものである。いずれにせよ,控訴人がデータ入力をした小口精算帳簿や見積書は,会計帳簿としての使用や取引先への提出書面としての使用に耐えられるものではなく,控訴人の事務職員としての能力は,被控訴人において合理的に期待していた程度を著しく下回るものであったといわざるを得ない。」「そして,控訴人の能力不足の程度,内容に加え,①Cの度重なる対応によっても,能力不足は改善しなかったこと,②控訴人の能力不足は,採用時に把握し得るものではなく,むしろ控訴人は「事務の経験は3年程」であり,「契約書類の作成,請求書の作成」をしていた旨を履歴書に自ら記載していたこと,③被控訴人は,従業員数8人ないし10人程度という規模の小さな会社であり,このうち事務職員は2人のみである上,従業員の職種等にも照らすと,控訴人を工場勤務などの他の部署に異動させるというのは困難ないし不可能と解されること,④被控訴人の代表者のAは,一旦は試用期間である3か月間は様子を見ようと考えたものの,その後,控訴人の不適切な発言や,Bからの「諸経費」や「違約金」等の不当請求を主導したとの疑い,Cの不在時に書類を物色した疑いなどが相次いだため,試用期間満了前に解雇しようと考えたこと,⑤本件解雇は,3か月の試用期間のうち約2か月と10日間を経過した時点でされたものであり,大半の試用期間は終了し,残りは約20日程度であったことなどを併せ考慮すると,試用期間中の留保解約権の行使としてされた本件解雇には,解約権の留保の趣旨・目的に照らして,客観的な合理的な理由が存在し,社会通念上相当として是認されるものであり,かつ,本件では前記……説示したとおり,解雇には労働契約法17条1項の「やむを得ない事由」の存在が必要であるところ,先に述べた緩やかな判断を行うまでもなく,当該事由があったというべきである。」とした。

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