Case314 時間外手当が増えるとその分調整手当が減る賃金体系において労基法37条の割増賃金の支払いがあったとはいえないとした最高裁判例・熊本総合運輸事件・最判令5.3.10労判1284.5

(事案の概要)

 トラック運転手である原告労働者が、被告会社に対して残業代請求した事案です。

 原告が入社した当時、会社では歩合給的に月の賃金総額を決定した上で、賃金総額から基本給と基本歩合給を差し引いた額を時間外手当としていました(旧給与体系)。

 会社は、労基署から指導を受けたことから、就業規則を変更し以下の新給与体系を導入しました。

ア 基本給は、本人の経験等を考慮して各人別に決定する

イ 基本歩合給は、1日5000円を出勤した日数分支給する

ウ 勤続手当は、出勤1日につき、勤続年数に応じて200~1000円支給する(基本給、基本歩合給及び勤続手当等を総称して「本件基本給等」)

エ 残業手当、深夜割増手当及び休日割増手当(総称して「本件時間外手当」)並びに調整手当(本件時間外手当と調整手当を総称して「本件割増賃金」)を支給する。本件時間外手当の額は、本件基本給等を通常の労働時間の賃金として、労基法37条等に基づき算定した額であり、調整手当の額は、本件割増賃金の総額から本件時間外手当を引いた額である。

 本件割増賃金の総額の算定方法は就業規則に明記されておらず、旧給与体系の時間外手当と同様の方法で算定されていました。

つまり、新給与体系の下では、

①歩合給的に賃金総額が決定される

賃金総額から基本給等を引いた額が割増賃金となる

 賃金総額基本給等本件割増賃金

割増賃金のうち、基本給等から算出された時間外手当の額を引いたものが調整手当となる

 本件割増賃金本件時間外手当調整手当

のであって、残業時間が増えて本件時間外手当の額が増えた分調整手当が減るため、残業時間が増えても本件割増賃金及び賃金総額は変わらない給与体系となっていました。

 新給与体系の導入により、原告らの労働時間や賃金総額はほとんど変わりませんでしたが、基本給が増額された一方で基本歩合給が大幅に減額されました。

 本件では、本件時間外手当及び調整給からなる本件割増賃金が残業代の支払いに当たるかが争点となりました。

(判決の要旨)

控訴審判決

 控訴審は、本件割増賃金のうち、調整手当は残業代の支払いに当たらないものの、本件時間外手当は通常の労働時間の賃金に当たる部分と判別することができるため、残業代の支払いに当たるとしました。

最高裁判決

 最高裁は、これまでの判例を引用して、使用者が労働者に対して労基法37条の割増賃金を支払ったものといえるためには、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要であるとしたうえ、雇用契約において、ある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かは、雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当等に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの諸般の事情を考慮して判断すべきであり、その判断に際しては、労基法37条が時間外労働等を抑制するとともに労働者への補償を実現しようとする趣旨による規定であることを踏まえた上で、当該手当の名称や算定方法だけでなく、当該雇用契約の定める賃金体系全体における当該手当の位置付け等にも留意して検討しなければならないとしました。

 また、本件時間外手当と調整手当とは、前者の額が定まることにより当然に後者の額が定まるという関係にあり、両者が区別されていることについては、本件割増賃金の内訳として計算上区別された数額に、それぞれ名称が付されているという以上の意味を見いだすことができないとし、本件時間外手当の支払いにより労基法37条の割増賃金が支払われたものといえるかは、本件時間外手当と調整手当から成る本件割増賃金が、全体として時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かを問題とすべきとしました。

 そして、新給与体系導入の経緯、労働者の労働実態、労働者に対する説明内容等を考慮すると、新給与体系は、その実質において、時間外労働等の有無やその多寡と直接関係なく決定される賃金総額を超えて労基法37条の割増賃金が生じないようにすべく、旧給与体系の下においては通常の労働時間の賃金に当たる基本歩合給として支払われていた賃金の一部につき、名目のみを本件割増賃金に置き換えて支払うことを内容とする賃金体系であるというべきであり、そうすると、本件割増賃金は、その一部に時間外労働等に対する対価として支払われているものを含むとしても、通常の労働時間の賃金として支払われるべき部分をも相当程度含んでいると解さざるを得ず、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労基法37条の割増賃金に当たる部分とを判別することはできないから、本件割増賃金の支払いにより残業代が支払われたということはできないとしました。

 以上より、最高裁は、本件時間外手当の支払いが残業代の支払いに当たるとした控訴審判決を破棄し、高裁に差し戻しました。

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