Case319 経費の賃金控除には労働者の自由な意思に基づく同意が必要とし労働者が賃金控除に同意しない旨を通知した以降の控除は許されないとした事案・住友生命保険(費用負担)事件・大阪高判令6.5.16労判1316.5

(事案の概要)

  被告会社では、労使協定により、営業職員の賃金から、営業職員が業務に使った携帯端末使用料や物品代等の経費を控除していました。

 原告労働者が被告会社と雇用契約を締結する前の研修において、被告会社は原告に対して営業職員が営業活動費用を負担する旨を説明しました。また、雇用契約書はないものの、被告会社は、雇用契約締結後間もない頃に、原告に対して営業活動費は個人負担である旨が記載された「勤務のしおり」を交付し、自己負担した営業活動費は確定申告に含めるよう指導していました。

 本件は、会社の営業職員である原告労働者が、会社に対して、経費を賃金から控除することは労基法24条1項に違反するなどと主張し、控除相当額の支払い等を求めた事案です。

(判決の要旨)

一審判決・京都地判令5.1.26労判1282.19

 判決は、労基法24条1項但書に基づき労使協定により賃金からの控除が許される「事理明白なもの」とは、労働者が当然に支払うべきことが明らかなものであり、控除の対象となることが労働者にとって識別可能な程度に特定されているものでなければならない一方で、労働者が自由な意思に基づき控除に同意した費用は、労働者が当然に支払うべきことが明らかなものに該当するので、その控除は労基法24条1項に違反しないとしました。

 もっとも、賃金全額払いの趣旨に照らし、使用者から義務づけられ、労働者にとって選択の余地がない営業活動費を労働者が負担することは、自由な意思に基づく合意とはいえず、賃金からの控除は許されないとしました。

 そして、本件の経費控除のうち、全営業職員が一律に定額負担するコピー用紙トナー代については、個別合意が認められず、賃金全額払い原則の趣旨からも有効性を認めることは困難であるとして、賃金からの控除を違法とし、控除相当額の支払いを認めました。

一審判決は、雇用契約締結時の賃金控除の包括的同意は認定せず、個別合意が認められる費用のみ控除を適法としました。

控訴審判決

 控訴審判決は、原告が雇用契約締結前に被告会社から営業職員が営業活動費用を負担する旨の説明を受け、雇用契約締結後に営業活動費は個人負担である旨が記載された「勤務のしおり」の交付を受け、その後、特段の異議を述べることなく物品の注文を始めていることから、原告が本件費用に係る物品の注文を始めた時点において、原告と被告会社との間に本件費用を原告負担とする包括的合意(本件合意)が成立し、当該合意は有効であるとしました。

 もっとも、本件合意には、賃金控除の合意も含まれるところ、本件合意のうち賃金控除の合意については、賃金債権と本件費用に係る債権の相殺の合意の性質を有することから、賃金全額払いの原則の例外として許容されるためには、その合意が労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要であるとしました。

 そして、本件合意は原告の自由な意思によるものであり、これに基づく賃金控除は有効であるとしつつ、原告が被告会社に対して賃金控除には同意できない旨通知した平成31年1月分以降の賃金控除については、原告の自由な意思に基づいたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとは認められないから、その効力を認めることはできないとし、平成31年1月分以降の控除額の請求のみ認めました。

※上告・上告受理申立

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