Case516 月80時間を大幅に超える月約150時間分に相当する残業代として職務手当を支払うことは当事者の意思に反するとして固定残業代を無効とした事案・国・渋谷労基署長(カスタマーズディライト)事件・東京地判令5.1.26労判1307.5
(事案の概要)
本件会社においてマネージャー兼料理長として業務に従事していた原告労働者は、業務に起因して精神障害を発症したとして、労災申請し、休業補償給付の支給決定を受けました。
しかし、労基署は、職務手当が固定残業代に当たるものとして給付基礎日額を算定していました。
本件は、原告が、固定残業代の無効を主張し、固定残業代を有効として給付基礎日額を算定した労災支給決定の取消しを求めた事案です。
発症時の原告の賃金は、基本給17万円、職務手当18万円であり、職務手当はその全額が時間外・深夜・休日出勤割増分として支給される手当であるとされていました。
(判決の要旨)
判決は、労基法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するためには、割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として、労基法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討することになるところ、その前提として、労働契約における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同乗の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要であるという最高裁の規範を挙げました。
そして、原告の基本給から賃金単価を計算すると、983円となり、これは、調理師として一定の職務経験を有する労働者として本件会社に雇用され、マネージャーとして、調理業務のみならず各店舗の管理運営に関する業務等も担当してきた原告の地位及び職責に照らし、不自然なまでに低額であると言わざるを得ないとしました。
また、職務手当が割増賃金であると仮定すると、147時間の時間外労働に対する割増賃金に相当するところ、判決は、三六協定における時間外労働時間の上限が1か月あたり45時間であること、脳・心臓疾患の労災認定基準におけるいわゆる過労死ラインが月80時間であること、原告の事業場の36協定においても、本件会社が従業員に命じることができる1か月あたりの法定時間外労働数の上限は45時間とされ、1年に6回までは1か月あたり75時間までの法定時間外労働を命ずることができるものとされていたことを指摘し、1か月あたり80時間を超える法定時間外労働を命ずることは予定されていなかったとし、そうすると、本件労働契約において、月150時間前後という恒常的な時間外労働を想定して職務手当を支払う旨の合意が成立したと認めることは、労働契約の当事者の通常の意思に反するものというべきであるとしました。
以上から、①原告の本件会社における地位及び職責に照らし、通常の労働時間に対応する賃金が基本給の限りであったと認めるには無理があること、②業務と脳・心臓疾患の発症との関連性が強いと評価される80時間を大幅に超える1か月当たり150時間前後の法定時間外労働を前提とする職務手当を支給することは当事者の通常の意思に反することを総合考慮すると、職務手当には、その名称から推認させるとおり、通常の労働時間も含め、原告のマネージャーとしての職責に対応する業務への対価としての性質を有する部分が一定程度は存在していたと認めるのが相当であるとし、職務手当の全額が労基法37条の割増賃金として支払われたとはいえず、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することはできないとして、固定残業代を無効とし、労災支給決定を取り消しました。
※確定