【不当解雇】Case609 新型コロナによる緊急事態宣言中に従業員が一斉在宅勤務を求めたことを理由とする解雇が無効とされた事案・オフィス・デヴィ・スカルノ事件・東京地判令6.12.12労判1332.37
コロナ禍において従業員が一斉在宅勤務を求めたことを理由として、従業員を解雇することはできるのでしょうか。
オフィス・デヴィ・スカルノ事件は、新型コロナウイルス感染症のパンデミック下において、使用者である社長の海外渡航に伴う従業員による一斉在宅勤務の申し出に対し、会社が行った解雇の有効性等が争われた事案です。
【事案の概要】
本件は、芸能タレントのマネジメント等を主な業務とする被告Y社に雇用されていた原告労働者Xら2名が、Y社に対し、労働契約上の地位確認等を求めた事案です。
令和3年2月当時、政府は新型コロナウイルス感染症の蔓延防止のため緊急事態宣言を発出し、海外からの入国者に対し14日間の自宅等での待機を要請していました。このような状況下で、Y社代表者が海外渡航から帰国した際、Xらを含む従業員は、Y社の従業員の勤務場所がY社代表者の自宅を兼ねた事務所であったことから、Y社代表者の新型コロナウイルス感染の可能性を懸念し、従業員全員の総意として2週間の在宅勤務を申し出ました。これに対し、Y社代表者は激怒し、出社したくないなら全員解雇する旨を告げました。そして、Y社は、①Xらがその影響力を利用して、Y社の他の従業員との間で出金拒否の合意を成立させ、職場の秩序を乱し業務を妨害した、②Y社代表者を新型コロナウイルスの濃厚接触者あるいは保菌者であると決めつけて侮辱し、職場の秩序を著しく乱した、③Xらの能力不足を理由にXらを解雇しました。
Xらは労働審判手続きを申し立てましたが、Y社が異議を申し立てたため訴訟に移行しました。Y社およびY社代表者は、Xらが職場の秩序を乱し、代表者を侮辱したなどとして、Xらに対し損害賠償を求める別件訴訟も提起しました。
また、Xらの未払残業代請求が一部認められました。損害賠償請求は棄却されています。
【判決の要旨】
1 合意退職の成否
Y社は、Y社代理人との交渉の過程で、Xらが令和3年3月20日付けで退職することはやむを得ないと述べたことから、合意退職が成立している旨主張しました。
裁判所は、Xらが金銭的条件について合意に至らない状況でY社を合意退職したとは認められないと判断しました。Xらが退職を「やむを得ない」と述べたのは、退職条件に関する協議の過程で、納得できる条件が提示されれば退職するという考えを述べたに過ぎない、とされました。
2 解雇の有効性
裁判所は、Y社の主張する解雇事由はいずれも認められず、Xらに対する解雇は客観的に合理的な理由を欠き、無効であると判断しました。
① Xらを含む従業員による在宅勤務の判断は、新型コロナウイルスの感染拡大防止という当時の社会情勢に基づくものであり、これをY社の職場の秩序を乱したと評価することはできないと判示しました。また、Y社の業務に一定の支障が生じることは否定できないが、このような事態は、主にY社代表者の行動に起因するものというべきであるとしました。
② Y社代表者が新型コロナウイルスに感染した可能性があることを前提とした従業員の行動は合理的な理由が存在したものであり、これをY社代表者を侮辱したり、職場の秩序を乱したりしたものと評価することはできないと判示しました。
③ Xらの業務遂行能力不足については、軽微なミスはあったとしても、解雇事由となるような能力不足を示す事実は認められないとしました。
※控訴
【まとめ】
・裁判所は、緊急事態宣言中に社長が海外渡航から帰国したことを理由に従業員らが一斉在宅勤務を求めたことは解雇理由に当たらないとしました。ただし、本件は就業場所が社長の自宅であるという特殊性があります。