【使用者からの請求】Case610直接の雇用関係がなくても損害の公平な分担の法理が適用され委託元から業務委託先の従業員に対する損害賠償請求が大幅に制限された事案・謙心建設事件・東京高判令6.5.22労判1332.56

業務委託先の従業員が業務中に事故を起こして委託元に損害を与えてしまった場合、従業員は委託元に対して損害を賠償しなければならないのでしょうか。

本件は、業務委託先の従業員が会社の車両で起こした自損事故について、直接の雇用関係がなくても信義則に基づく損害の公平な分担の原則が適用され、被用者の賠償責任が大幅に制限された事案です。

【事案の概要】

建設業等を目的とする原告X社は、A社に業務を委託しており、その際、A社の従業員であった被告労働者YにX社所有のトラックを運転させることがありました。

Yは、X社所有のトラック(第1車両)を運転中に自損事故(第1事故)を起こし、また別のX社所有のトラック(第2車両)を運転中に自損事故(第2事故)を起こしました。

X社はYに対し、不法行為に基づき、これら2件の事故による損害賠償等として合計約400万円の支払いを請求しました。

【判決の要旨】

東京高等裁判所は、Yに一部賠償を命じた原判決を取り消し、X社の請求を全て棄却しました。

裁判所は、「使用者が、その事業の執行についてされた被用者の加害行為により直接損害を被った場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度においてのみ、被用者に対し上記損害の賠償を請求することができる」という最高裁判例を参照し、第1事故発生時、YはX社との間に直接の雇用関係はなかったものの、X社の従業員から直接指示を受け、X社の車両や工具、資材等を使用していたため、この原則が妥当すると判断しました。第2事故発生時も雇用関係は判然としなかったものの、同様の状況にあったため同じ原則が適用されるとしました。

裁判所は、トラックに支障が生じた場合、代車が必要になる可能性が相応にあったのに、X社が車両保険で代車保証を対象外としていたこと、YはX社の従業員から直接指示を受ける現場作業員であり、給与は手取りで約23万ないし25万円程度にとどまっていたこと、使用者であるX社においては、自動車保険に加入することで損害の補填を受けたり、賠償精機院を免れたりすることができるのに対して、被用者であるYにおいて、そのような保険に容易に加入することができたとはいえないこと、事故がいずれも単純な自損事故である上、Yに酒気帯び運転や大幅な速度超過などの著しい過失があったとまでは認められないこと、第2車両についてYの免許条件違反(車両総重量の超過)が認められたものの、第2事故の発生との間に直接の因果関係はなく、X社の従業員が運転の指示をしたこと、を総合考慮すると、X社が被った損害のうちYに対して賠償を請求することができる範囲は、信義則上、その損害額の10%を限度とするのが相当であるとしました。

そして、X社がYに対して請求することができる金額を約35万円としたうえ、X社がA社に対し業務委託料のうち40万円を支払っていない事実が認められ、X社がこの金額を実質的に回収したものと認定し、X社のYに対する損害賠償請求権は全て消滅しているとしてX社の請求を棄却しました。

※確定

【まとめ】

直接の雇用関係がなくても、実質的な指揮命令関係があれば「損害の公平な分担」原則が適用され、雇用労働者と同様に被用者の賠償責任が制限される可能性がある

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