Case90 私傷病により特定の業務を行えないとしても他の業務を行える場合には債務の本旨に従った履行の提供があるとした最高裁判例・片山組事件・最判平10.4.9労判736.15【百選10版26】
(事案の概要)
建築工事現場で現場監督業務に従事していた原告労働者は、バセドウ病(本件疾病)の診察を受け、本件疾病のため現場作業に従事することはできない旨の申出をし、被告会社の求めに応じて「今後時厳重な経過観察を要する」とする主治医の診断書を提出するなどしました。
これを受けて、会社は、原告に対して当分の間自宅で本件疾病を治療すべき自宅治療命令を発しました。原告は、事務作業を行うことはできるとして、「重労働は控え、デスクワーク程度の労働が適切」とする主治医の診断書を提出しましたが、会社は自宅治療命令を継続しました。
原告が申し立てた賃金仮払いの仮処分において、原告の主治医が「原告の症状は仕事に支障がなく、スポーツも正常人と同様に行い得る状態」と申述したことを受けて、被告は原告に対して現場監督業務に従事するよう命じ、原告は職場復帰しました。
本件は、原告が、自宅治療命令から職場復帰までの不就労期間について賃金の支払等を求めた事案です。
(判決の要旨)
一審判決
一審は、本件では職場の安全管理及び職場の秩序維持の観点から就労を拒絶しなければならなかった格別の事情は認められず、会社としては産業医等の専門家の判断を求める等のさらなる客観的な判断資料の収集に努めるべきであり、これを全くすることなく、原告の就労を拒絶した措置は軽率であり、相当性を欠いたものであったとして、民法536条2項の会社の帰責性が認められるとし、賃金請求を認めました。
控訴審判決
控訴審は、私病のため労務の一部が不能のときは、一部のみの提供は債務の本旨に従った履行の提供とはいえないから、原則として使用者は労務の受領を拒否し賃金支払義務を免れるとして、原告の賃金請求を棄却しました。
上告審判決
最高裁は、労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては、現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても、その能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ、かつ、その提供を申し出ているならば、なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当であるとし、原判決を破棄し本件を高裁に差し戻しました。
差戻審
差戻審は、自宅治療命令を受けた際に可能な労務の提供を申し出ていたこと等を認定し、会社は原告を事務作業に従事させるなど代替就業の可能性があったとし、原告の賃金請求を認めた一審判決を維持しました。