Case167 割増賃金相当額が歩合給から控除される賃金体系では労基法37条の割増賃金を支払ったとはいえないとした最高裁判例・ 国際自動車(第二次上告審)事件・最判令2.3.30労判1220.5【百選10版40】

(事案の概要)

 原告労働者らはタクシー乗務員です。

 被告会社の賃金規程は、賃金につき概ね次のとおり定めていました。

賃金規程

1 基本給

  1乗務(15時間30分) 1万2500円

2 服務手当

  タクシーに乗務しなかった場合に支給

  従業員に責任がない場合 1時間1200円

  従業員に責任がある場合 1時間1000円

3 残業手当(※ 深夜手当、公出(休日)手当も同様の計算式)

  ①と②の合計

  ①{(基本給+服務手当)÷(出勤日数×15.5時間)}×1.25×残業時間

  ②(対象額A÷総労働時間)×0.25×深夜労働時間

  対象額A:揚高(売上高)の一部

      =(所定内税抜揚高-所定内基礎控除額)×0.53+(公出税抜揚高-公出基礎控除額)×0.62

  所定内基礎控除額=所定就労日の1乗務の控除額(原則平日2万9000円、土曜1万6300円、日曜祝日1万3200円)に各乗務日数を乗じた額

  公出基礎控除額=公出(休日)出勤の1乗務の控除額(原則平日2万4100円、土曜1万1300円、日曜祝日8200円)に各乗務日数を乗じた額

4 歩合給⑴

  対象額A-{割増賃金(残業手当、深夜手当及び公出手当の合計)+交通費}

 かなり複雑な計算式ですが、簡単に言うと、歩合給⑴の計算にあたり対象額A(売上高の一部)から割増賃金が控除されるので、割増賃金が増えた分歩合給⑴が減り、一定の範囲で時間外労働を行っても賃金総額が増加しない計算になります。

 本件は、原告らが、歩合給⑴の計算にあたり割増賃金を控除する定めは無効であるとして(論点①)、割増賃金等の支払いを求めた事案です。

(判決の要旨)

一審判決及び控訴審判決(請求認容)

 一審と控訴審は、論点①について、揚高が同じである限り時間外等の労働をしていた場合もしていなかった場合も賃金が全く同じになる本件規定は、労基法37条を潜脱するものと言わざるを得ないとし、本件規定のうち、歩合給の計算にあたり対象額Aから割増賃金を控除する部分は労基法37条に違反し公序良俗に反するものとして、民法90条により無効としました。

第一次上告審(破棄差戻し)

 最高裁は、本件規定による割増賃金の支払いが労基法37条の割増賃金の支払いといえるかは問題になり得るものの(論点②)、論点①については、労基法37条は、労働契約における通常の労働時間の賃金をどのように定めるかについて特に規定していないとして、本件規定が当然に労基法37条の趣旨に反するものとして公序良俗に反し、無効であるとはいえないとして、控訴審判決を取り消して高裁に差し戻しました。

差戻審(請求棄却)

 差戻審は、論点①について、第一次上告審と同様本件規定が公序良俗に反して無効であるとはいえないとしました。

 また、論点②について、本件規定は、通常の時間の賃金に当たる部分と労基法37条の定める割増賃金に当たる部分を判別することができ、会社は労基法37条の割増賃金を支払ったといえるとして、原告らの請求を棄却しました。

第二次上告審(破棄差戻し)

 最高裁は、論点②について、使用者が労働者に対して労基法37条の割増賃金を支払ったといえるか否かを判断するためには、前提として、労働契約における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労基法37条の定める割増賃金に当たる部分とを判別できることが必要であるとしたうえ、使用者が特定の手当の支払いにより労基法37条の割増賃金を支払ったとしている場合、上記の判別ができるというためには、当該手当が時間外労働等に対する対価として支払われていることを要するところ、この対価性の判断に際しては、当該手当の名称や算定方法だけでなく、労基法37条の趣旨を踏まえ、当該労働契約の定める賃金体系全体における当該手当の位置付け等にも留意して検討しなければならないとしました。

 そのうえ、割増賃金の額がそのまま歩合給⑴の減額につながる本件の仕組みは、割増賃金を経費とみてその全額をタクシー乗務員に負担させているに等しいものであって、時間外労働を抑制し労働者への補償を行う労基法37条の趣旨に沿うものとは言い難く、また歩合給⑴が0円となる場合には、出来高払制の賃金部分につき通常の労働時間の賃金に当たる部分はなく、全てが割増賃金であることになり、これは労基法37条の割増賃金の本質から逸脱したものと言わざるを得ないとしました。

 そして、結局本件の仕組みは、その実質において、元来は歩合給⑴として支払うことが予定されている賃金を、時間外労働等がある場合には、その一部につき名目のみを割増金に置き換えて支払うこととするものというべきであり、そうすると、割増金は、その一部に時間外労働等に対する対価が含まれるとしても、通常の労働時間の賃金である歩合給⑴として支払われるべき部分を相当程度含んでいるといわざるを得ず、割増金のうちどの部分が時間外労働等に対する対価に当たるかは明らかでないから、本件規定につき通常の労働時間の賃金に当たる部分と労基法37条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することはできず、会社は労基法37条の割増賃金を支払ったとはいえないとして、高裁判決を破棄して再び高裁に差し戻しました。

※ 国際自動車(第2・上告審)事件も同様の判断

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