Case177 精神疾患を告げた上退職の意思表示をした労働者に対し後任が採用され引継ぎが終わるまで退職しない旨を誓約せさたことが安全配慮義務に違反するとされた事案・広告代理店A社元従業員事件・福岡高判平28.10.14労判1155.37

(事案の概要)

 原告会社が被告労働者を訴えたのに対して、被告労働者が反訴した事件です。

 被告労働者は、入社前からうつ病を患い心療内科を受診していました。

 被告労働者は、会社代表者に対して退職の意思表示をするとともに、精神疾患にり患していることを告げました。これに対して、会社代表者は、被告労働者に①後任者が採用されるまで通常業務に従事すること、②後任者が採用された際には、速やかに業務の引継ぎを行うこと、③理由の如何にかかわらず、突然の出社拒否や業務妨害、怠慢などなく通常業務に従事すること、④これらに違反した場合には会社に生じた損害を賠償することなどを内容とする本件誓約書に署名させました。

 被告労働者は、その数日後に病気を理由に欠勤し、うつ病のために就労困難である旨の診断書を送付した後退職しました。

 会社は、被告労働者の労務不提供により損害が生じたなどとして被告労働者に対して損害賠償等を請求しました。被告労働者は会社に対して、会社が被告労働者の退職を違法な態様で引き止めたとして損害賠償等を請求しました。

 その他、会社が受け取るべき報酬を被告労働者が受け取っていたことによる会社からの不当利得返還請求、被告労働者からの未払残業代請求がそれぞれ認められています。

(判決の要旨)

1 会社から労働者に対する損害賠償請求

 判決は、被告労働者は退職日まで会社に対して労務を提供すべき義務を負うものの、うつ病が悪化し労務に服することができない状態になったと認められ、労務不提供について被告労働者の責めに帰すべからざる事情があったとしました。

 また、本件誓約書の③の条項について、いかなる理由があろうとも労務を提供する旨を約するものではなく、正当な理由なく労務の提供を拒絶しない旨を約するものであるとして、会社の請求を棄却しました。

2 労働者から会社に対する損害賠償請求

 判決は、会社代表者は、被告労働者から自己がうつ病にり患しており業務に耐えられないとの訴えを受けたのであるから、その詐病を疑ったとしても、被告労働者が真にうつ病にり患しているか、り患しているとして会社での業務遂行が可能かなどを判断するため、被告労働者から診断書を徴収するなどして、これを慎重に確認したうえで、仮に被告労働者がうつ病にり患していたことが確認された場合には、その病状を悪化させないよう退職時期に配慮するなどの対応をとるべき雇用契約上の安全配慮義務を負うとしました。

 そのうえ、被告労働者が本件誓約書に署名押印するに当たり、物理的強制があったとまでは認められないとしても、退職申出に対し、後任者が採用され引継ぎがされるまで退職を認めないとの会社代表者の措置及びこれに至る経緯は、うつ病であるとの申出をした者に対する説得の態様、時間、方法等に照らし社会的相当性を逸脱するものと評価するほかなく、安全配慮義務に違反するとして、慰謝料5万円を認めました。

 前提として、労働者からする退職の申出は、退職まで2週間の期間を要するのみであり(民法627条1項)、同規定は強行規定と解されるとしました。

※確定

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