Case208 元最高幹部の資格予備校講師及び元代表取締役に対する退職後の競業避止義務違反に基づく営業禁止仮処分が却下された事案・東京リーガルマインド事件・東京地決平7.10.16労判690.75
(事案の概要)
会社が元労働者兼役員2名に対して、競業避止義務違反に基づく営業禁止仮処分を申し立てた事案です。
労働者A(現伊藤塾の伊藤真弁護士)は、司法試験予備校(LEC)を営む本件会社において、中心的な専任講師を務めながら開発本部長を務めるなど最高幹部として勤めており、監査役も務めていました。
労働者Bは、会社において代表取締役を務めた後、専任講師を務めていました。
労働者ABは、本件会社を退職後、法学館を設立し司法試験予備校(現伊藤塾)を開設しました。
本件会社の就業規則には、当初退職後の競業避止義務の定めはありませんでしたが、就業規則の変更により退職後の競業避止義務が定められました。
また、労働者ABは、役員として退職後の競業避止義務を負う特約を会社と結んでいました。
本件では、労働者としての競業避止義務と、役員としての競業避止義務がそれぞれ問題となりました。
競業避止義務の内容は、退職後2年間、会社と競合関係にたつ企業に関与したり、みずから開業してはならないというものでした。
(決定の要旨)
1 労働者としての競業避止義務
⑴ 就業規則の合理性
判決は、退職後の競業避止義務の新設を就業規則の不利益変更の問題とし、退職後の競業避止義務について営業秘密等を扱う労働者に対してのみ適用されるものと限定解釈することにより、就業規則変更の合理性を認めました。
⑵ 労働者A
そして、労働者Aは営業秘密を扱っていたため就業規則上の競業避止義務を負うとしました。もっとも、労働者Aは退職後本件会社と競業避止義務を免除する合意をしていたため、差止め請求は却下されました。
⑶ 労働者B
労働者Bは、労働者として営業秘密を扱っていたとはいえないため、就業規則上の競業避止義務は適用されないとしました。
2 役員としての競業避止義務
⑴ 規範
ア 労働者が営業秘密を扱う場合
判決は、労働者(役員の場合も同様)が営業秘密(不正競争防止法上の定義は「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」です。)を扱っていた場合には、実体法(不正競争防止法)上の競業避止義務を負うとし、これを具体化する労使間の特約は、競業行為の禁止の内容が不当なものでない限り原則として有効であるとしました。
イ 労働者が営業秘密を扱わない場合
また、実体法上の競業避止義務を負わない労働者について、退職後の競業避止義務を特約により創出する場合には、使用者が確保する利益に照らして、競業行為禁止の内容が必要最小限であり、かつ十分な代償措置を要するとしました。
⑵ 労働者Aについて
労働者Aは、監査役としては営業秘密を扱っていないため、上記イの規範を適用し、監査役の競業行為を禁止する合理的な理由がなく本件会社が確保しようとする利益が明らかでないこと、競業行為の禁止される場所の制限がないこと、退職金1000万円が専任講師としての貢献が大きい労働者Aにとって競業避止義務の代償とはいえないことから、競業避止義務特約は公序良俗に反し無効であるとしました。
⑶ 労働者Bについて
労働者Bについては、代表取締役として本件会社の営業秘密を取り扱いうる地位にあったことから、上記アの規範を用いて、競業禁止期間が退職後2年間と比較的短期であることなどから、競業行為の禁止の内容は不当なものではないとして競業避止特約を有効としました。
もっとも、使用者が競業行為の差止めを請求するには、当該競業行為により使用者が営業上の利益を現に侵害され、又はその具体的なおそれがある場合であることが必要であるとし、労働者Bが法学館の代表取締役を務め、司法試験受験指導を行っているということだけでは、労働者Bが本件会社の代表取締役として入手した営業秘密を使用し又は使用する具体的なおそれがあるとはいえないとして、差止め請求を却下しました。