Case384 就業規則上の懲戒事由に該当するというためには企業秩序を現実に侵害したなどの事情が必要であるとして懲戒解雇を無効とした事案・学校法人B(教員解雇)事件・東京地判平22.9.10労判1018.64
(事案の概要)
被告法人が運営する大学の教授である原告労働者は、学長選挙の際に特定の学長候補者に対する人身攻撃を内容とするFAXを送信した(懲戒事由A)など8つの事実が「教員としてふさわしくない行為を行い、学園の名誉若しくは信用を傷つけたとき、又は職務上の義務に違反し、若しくはこれを怠ったとき」という就業規則上の懲戒事由に該当するとして法人から懲戒解雇処分を受けました。
懲戒事由AのFAX送信からは5年程の期間が経過していました。
本件は、原告が法人に対して、懲戒解雇の無効を主張して雇用契約上の地位確認等を求めた事案です。
(判決の要旨)
判決は、懲戒処分の有効要件を定めた労働契約法15条は、①懲戒処分の根拠規定が存在していることを前提に、②懲戒事由への該当性(就業規則上の懲戒事由に該当し「客観的に合理的な理由」があること。懲戒事由該当性)、③相当性(狭義の懲戒権濫用)の3つの有効要件から構成されているとし、②と③の要件は、それぞれ当該労働者の態度・動機、業務に及ぼした影響、損害の程度のほか、労働者の情状・処分歴などに照らして判断する必要があるとしました。
また、②の要件について、そもそも懲戒という制裁罰を課しうる実質的根拠は企業秩序維持の要請にあり、懲戒権は、単に労働者が雇用契約上の義務に違反したというだけでは足りず、企業秩序を現実に侵害した(業務阻害や職場規律の支障の発生)か、少なくともその具体的な危険性が認められる場合に発動することができるとし、本件では、②の要件を満たすためには形式的に就業規則上の「教員としてふさわしくない行為を行い、学園の名誉若しくは信用を傷つけたとき、又は職務上の義務に違反し、若しくはこれを怠ったとき」に該当するだけでは足りず、当該行為が「法人の学内秩序を著しく侵害ないし混乱させ、あるいはそうさせる具体的な危険性が認められる」ことが必要であるとしました。
さらに、③の要件について、a労働者の企業秩序違反行為が存在し、懲戒事由該当性が肯定される場合であっても、長期間の経過によって企業秩序が回復し、その維持のために懲戒処分を行う必要性が失われた場合、あるいはb合理的理由もなく著しく長期間を経過して懲戒権を行使したことにより、懲戒処分は行われないであろうとの労働者の期待を侵害し、その法的地位を著しく不安定にするような場合などには、当該懲戒解雇は、懲戒権の行使時期の選択を誤ったものとして社会通念上の相当性を欠き、懲戒権の濫用を構成するとしました。
そして、懲戒事由A以外の7つの事実は②の要件を満たさないとしました。懲戒事由Aは②の要件を満たすものの、懲戒事由AのFAX送信後の法人側の対応が、事実上原告を不問に付したものであり、原告に対してもはや懲戒処分に付されることはないであろうとの合理的な期待を抱かせるに足るものであったとして、③の要件を満たさず無効であるとしました。
なお、懲戒事由Aを補足する予備的懲戒解雇も無効とされました。
※控訴