退職届を書かされてしまったら

目次

1 はじめに

 退職届や退職願は、労働者から使用者に対して雇用契約終了の意思表示をするために使われるものなので、退職届や退職願を書いてしまうと、原則として労働者の意思で辞職や合意退職をしたことになってしまいます。(>詳しくはこちら

 しかし、中には「退職するつもりはなかったのに、会社に退職届を書くように強要されて退職届を書かされてしまいました。」という事案も少なくありません。

 退職届や退職願を書かされてしまったら、退職の効力を争うことはできないのでしょうか。不本意な退職届や退職願を書かされてしまったら何ができるか、どうすればよいのかについてまとめました。

2 退職届や退職願が無効になる可能性

⑴ 錯誤

 民法95条は、重要な錯誤に基づく意思表示は取り消すことができるとしています。

 これにより、労働者が、退職するか否かを決める前提となる重要な事実(動機)について勘違いをしたことにより退職届や退職願を書いてしまったような場合には、退職届や退職願による雇用契約終了の意思表示を取り消して、退職届や退職願を無効にできる可能性があります。

 例えば、懲戒解雇の理由がないのに、上司から「自分から辞めないと懲戒解雇になって退職金も出なくなるぞ。」と言われて懲戒解雇の理由があると信じてしまい、懲戒解雇を避けるために退職届や退職願を書いてしまったような場合には、懲戒解雇の理由があるという動機に錯誤があるため、退職届や退職願による雇用契約終了の意思表示を取り消すことができる可能性があります。

⑵ 詐欺・強迫

 民法96条は、詐欺や強迫による意思表示は取り消すことができるとしています。

 これにより、使用者が労働者を騙したり怖がらせたりしたことにより、労働者が退職届や退職願を書いてしまったような場合には、退職届や退職願による雇用契約終了の意思表示を取り消して、退職届や退職願を無効にできる可能性があります。

 例えば、労働者の行為が刑事犯罪に当たらないにもかかわらず、使用者が労働者に対して「辞めないと告訴するぞ。」と脅して、労働者が怖がって退職届や退職願を書いてしまったような場合には、強迫に当たり得るため、退職届や退職願による雇用契約終了の意思表示を取り消すことができる可能性があります。

⑶ 心裡留保

 民法93条は、表意者が真意でない意思表示をした場合、相手方が真意の意思表示でないことを知り、又は知ることができた場合には、その意思表示は無効とするとしています。このような真意でない意思表示をすることを心裡留保といいます。

 これにより、労働者が退職するつもりがないのにあえて退職届や退職願を書き、使用者が労働者に退職するつもりがないことを知り、又は知ることができた場合には、心裡留保により退職届や退職願が無効になる可能性があります。

 例えば、労働者が辞めるつもりがないのに、反省の意思を強調するために「退職します。」という退職願を書き、使用者が労働者に辞めるつもりがないことを知っていたような場合には、心裡留保により退職願が無効になる可能性があります。

⑷ 自由な意思論

 妊娠中の女性労働者がした退職の意思表示の効力が問題になった事案で、男女雇用機会均等法の趣旨に照らして、妊娠中の退職の合意があったか否かについては、特に当該労働者につき自由な意思に基づいてこれを合意したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか慎重に判断する必要があるとして、退職合意の存在を否定した裁判例があります(TRUST事件・東京地立川支判平29.1.31労判1156.11)。

 この「自由な意思論」を産前産後の女性労働者以外の事案にも適用することができるかは議論があるところですが、参考になる裁判例です。

3 違法な退職強要として損害賠償請求できる可能性

 使用者が労働者に対して退職を促す退職勧奨をすることは、原則として自由ですが、これが執拗に行われるなど社会的相当性を逸脱した態様によるものである場合、違法な退職強要と評価される可能性があります。

 違法な退職強要により労働者が退職届や退職願を書いてしまった場合、労働者は会社に対して損害賠償請求できる可能性があります。

4 退職届を書かされそうになったら・書かされてしまったらどうすればいい?

⑴ 退職届を書く理由が分かる証拠を残す

 退職勧奨や退職強要は密室で行われることも多く、「退職します。」という退職届や退職願だけが証拠として残ってしまうと、あたかも労働者が自分から退職の意思表示をしたという外観だけが残ってしまいます。

 そこで、真意でない退職届や退職願を書かされそうになったら、なぜ退職届や退職願を書くのか、その理由が分かる証拠を残すようにしましょう。

 例えば、退職勧奨や退職強要の様子を録音することによって、密室でのやり取りを詳細に証拠に残すことができます。

 また、やり取りを録音することができなくても、退職届や退職願に「上司から懲戒解雇になると言われたため、退職します。」と詳細に理由を記載したり、退職届や退職願を提出する前に、使用者に対して、メールで「上司から退職しないと懲戒解雇になると言われました。」と理由を説明し、書面の証拠を残すことも考えられます。

⑵ なるべく早く書面で撤回・取消の意思表示をする

 真意でない退職届や退職願を書いてしまったり、勘違いで退職届や退職願を書いてしまったことに気付いた場合、雇用契約終了の意思表示が真意でないことや勘違いであることを示すために、なるべく早く使用者に退職届や退職願を撤回ないし取り消す旨の書面を送りましょう

 退職届や退職願を書いた直後にこれを撤回ないし取り消す旨の書面を送ることで、退職届や退職願が真意でなかったことや勘違いであったことの証拠になります。

⑶ 退職を認める言動をしない

 退職届や退職願が不本意である場合、事後的に退職を認めるような言動をしないようにしましょう。例えば、使用者に対して退職金の請求をすることは退職を前提とするものなので避けるべきでしょう。

 退職を認めるような言動をしてしまうと、退職届や退職願が真意に基づくものであったと推認されてしまったり、仮に取り消せるものであったとしても追認したとみなされて取り消すことができなくなってしまう可能性があります。

⑷ なるべく早く労働事件に詳しい弁護士に相談する

 不本意な退職届や退職願を書いてしまったり、書いてしまった退職届や退職願を長期間放置してしまうと、後からこれを無効とすることが難しくなってしまう可能性があります。

 また、労働者が誤った事後対応をしてしまうことで不利な状況になってしまうこともあります。

 不本意な退職届や退職願を書かされそうになったり、書いてしまった場合には、なるべく早く労働事件に詳しい弁護士に相談しましょう

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