Case362 雇用契約書等が作成されていない場合に求人広告の内容での賃金合意を推認し諸手当が固定残業代に当たらないとした事案・東京港運送事件・東京地判平29.5.19労判1184.37
(事案の概要)
原告労働者は、被告会社と所定労働時間を1日8時間とする期間の定めのない雇用契約を締結しましたが、契約書や労働条件通知書は作成されておらず、その他の労働条件には争いがありました。
原告が応募した会社の求人広告には、時間単価1250円の賃金を支払う旨記載されていました。
本件は、原告が会社に対して残業代請求した事案ですが、基礎賃金の額及び諸手当が固定残業代に当たるかが争点となりました。
なお、会社の配車指示に従って原告が出勤しなかったことにつき賃金が減額されていましたが、民法536条2項により賃金全額の支払いが認められています。
(判決の要旨)
判決は、賃金の金額や計算方法を証明すべき労働契約書や労働条件通知書が作成されていない場合、求人広告その他の労働契約の成立に関して労働者と使用者との間で共通の認識の基礎となった書面の内容、労働者が採用される経緯、労働者と使用者との間の会話内容、予定されていた就労内容、職種、就労及び賃金支払の実績、労働者の属性、社会一般の健全な労使慣行等を考慮して、補充的な意思解釈で明示又は黙示の合意を認定して賃金その他の契約内容を確定すべきとしました。
また、求人広告について、求人広告も労働条件を的確な表示で明示すべきもので(職安法5条の3、42条、65条8号参照)、労働者が求人広告に応募して労働契約を申し込むときは求人広告の内容を当然に前提としているから、求人広告で契約の内容を決定できるだけの事項(一定の範囲で使用者に具体的な決定権を留保するものを含む。)が表示されている限り、使用者が求人広告の内容とは労働条件が異なることを表示せずに労働者を採用したときは、労働者からの求人広告の内容を含む申込みを承諾したことにほかならず、両者の申込みと承諾に合致が認められるから求人広告の内容で労働契約が成立したというべきであるとしました。この場合、使用者の内心において、求人広告の内容で労働契約を締結する意思がなくても、労働者がそのことを知り、又は知ることができた場合でない限り、労働契約は無効にならない(民法93条)としました。
さらに、使用者からの求人広告の内容とは労働契約が異なることが一応表示されて、外形上が労働者がこれに同意したように見えるときも、使用者の意図、労働条件の内容、表示及び同意の経緯等の事情に照らして、使用者が信義誠実の原則に反している、労働者に著しい不利益を与えるなどの特段の事情があるときは、労働者の同意は労働者の自由意思に基づくものではなく、使用者が労働者との外形上の同意内容に基づく労働条件を主張することはできないとしました。
そして、求人広告の内容等に照らして、原告と会社との間には、賃金は時間単価1250円以上になるように基本給及び諸手当を支払う旨の労働契約が成立したと推認されるとしました。
また、諸手当が固定残業代に当たるとの合意があったともいえないとしました。
※控訴