【不利益変更】Case614 他の手当の増額と同時に行われた特殊業務手当を廃止する就業規則の変更が部分的に無効とされた事案・国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター事件・東京高判令7.3.27労判1333.5

労働者に有利な部分も不利な部分もある就業規則の変更がされた場合、不利な部分の変更が無効であると主張することはできるのでしょうか。国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター事件は、他の手当の増額と同時に法人が一方的に実施した特殊業務手当の段階的廃止が無効とされた事例です。

【事案の概要】

本件は、被告Y法人において看護師または保育士として勤務する原告労働者Xらが、Y法人が特定の病棟に勤務する従業員に対して支給してきた特殊業務手当を、2018年4月から段階的に減額し、2021年度をもって完全に廃止する旨を定めた就業規則(給与規程)の変更の有効性を争った事案です。就業規則の変更(本件変更)には、①特殊業務手当の段階的廃止のほか、②地域手当の引き上げ、③夜間看護等手当の増額、④役職手当の増額などが含まれていました。

Xらは、当該手当の支払いを受ける労働契約上の地位の確認と、特殊業務手当の段階的廃止がなければ支払われたはずの金員およびこれに対する遅延損害金の支払いをY法人に求めました。

【判決の要旨】

判決は、本件変更のうち特殊業務手当の廃止変更部分については無効であると判断しました。

判決では、賃金など労働者にとって重要な権利・労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成または変更については、労働者に不利益を受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容でなければならないとされました。

本件では、特殊業務手当の廃止変更によって労働者が受ける不利益の程度は、給与総支給額の5%を超える割合となる者もいたことから、小さいとはいえないとされました。

また、Y法人が主張した地域手当の率の引上げ、夜間看護等手当の増額、および役職手当の引上げは、特殊業務手当の廃止とは関係なく合意されていたものや、支給対象・目的が異なるものであり、代償措置とは認められないとされました。

労働条件変更の必要性については、特殊業務手当の廃止変更当時におけるY法人の経営状況は、医業収益が増加し、有利子負債が減少傾向にあったことから、将来にわたって安定的な運営を継続していくことが極めて厳しいと評価されるまでの状態ではなかったとされました。また、特殊業務手当を支給する前提となる業務の特殊性が失われていたとも、職員間の不公平を是正するために廃止が必要であったとも認めがたいとされました。

労働組合等との交渉状況についても、Y法人は組合との交渉において、約1か月半という期間では十分な時間・回数を取って交渉したとは認めがたいとされました。

これらの理由から、特殊業務手当の廃止変更は、労働契約法10条にいう合理的なものとは認められないと結論付けられました。結果として、Xらの未払手当の差額および遅延損害金の支払請求は一部認容されたが、労働契約上の地位確認を求める訴えは、確認の利益がなく不適法として却下されました。

【まとめ】

・賃金など労働者にとって重要な権利・労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成または変更については、労働者に不利益を受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容でなければならず、容易には有効にならない。

・就業規則変更の中に労働者に有利な部分と不利な部分がある場合、労働者に不利な部分だけが無効になる可能性がある。

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